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「まけたいの?」
「そういうわけじゃ…ないんだけど」
「はっきりしないわねー。アクアは、まけるなんてゆるせないわ。しょうらいは、オリンピックのひょうしょうだいよ。てっぺんよ。ほかはぜんいんアクアにひざまずけばいいのよ」
「女王様みたいだね…」
「じょおうじゃなくて、にんぎょひめよ。アクアは、だれよりもはやくおよぐのよ」
アクアは年少さんだから、まだスイミングスクールに入ったばかりだったけど。でも時間の問題よ。
アクアは天才なのよ。努力する天才なんだから!
「泳ぐの、好きなんだね」
「すきよ」
アクアは、ふふんって笑った。
「だいすきよ。でも、だいすきなだけじゃだめよ。しょうりしなきゃ、いみがないわ。さんかすることにいぎがある、なんておおうそよ。まけてもいいやつは、たたかわなきゃいいのよ。かちたいやつだけがたたかって、そのなかでかつからいみがあるのよ」
「……負けたひとの、努力は無駄なの?」
「ムダじゃないって、そのひとがおもえればムダじゃないわよ?かってもまけてもおもしろいなら、すてきなしゅみになるわ。でも、アクアはそうじゃない。かたなきゃきがすまないだけよ。てっぺんじゃないアクアなんて、アクアがゆるせないわ!」
「そう」
「はんのううすっ!!」
くす、ってその子が笑った。
この子が笑ったの、初めて見たかも。
…アレ?
どーして、アクアほっぺたあついのよ!?
「ちょっと!!なにがおかしいのよっ!」
「おかしくないよ。泳ぐのが大好きで、オリンピックの表彰台って、すてきな夢だなあって思ったんだ」
「そーよ。すてきだなんて、あたりまえよ」
でも、アクアは気が付いた。
「あんた、あたまがかんけいないゆめが、あるんじゃないの?」
「え…?」
その子のお顔が、かーっと赤くなった。
「…ある…けど…」
「なによ。アクアはいったわよ。あんたもいいなさいよ」
「でも…ダメだと思うから…」
「ダメかどーかなんて、やってみなきゃわかんないでしょっ?…で、なによ」
その子は、アクアがイライラするくらい迷って、やっと小さな声で言った。
「……歌手…」
「…………………………………」
アクア、黙っちゃった。
この、もそもそしゃべる感じの子が、歌手!?
「バラードとか?」
「……ロックミュージシャン…」
「ボーカル?」
「……うん」
「…………………………………」
似合わない!かなり似合わないわっ!!
「あはは…似合わないよね」
「に、にににあわないとか、アクアはまだなにもいってないわよっ!…ってゆーか」
アクアは、ビシィ!ってゆびさした。
「うたってみなさいよ」
「え…?」
「アクアがおきゃくさんだい1ごうになってあげるわ。かんしゃしてよね」
「あの…はずかしいんだけど……」
「はずかしいいいいい――――!?」
アクアは、自慢の水色の髪を、きーってかきむしりたくなった。
「だれにもきかせないんなら、ボーカルじゃないでしょ────っ!!」
「ただの夢なんだけど…。ダメっぽいから、言ってみたの君が初めてだし」
……そうなんだ。
初めて、教えてくれたのが、アクアなんだ。
アレ…?
やっぱり、アクアのほっぺた…
「あかくなんかならないわよっ!アクアがすきないろは、あお!なのよっ!みずいろが、さいこうなのよっ!!」
「そう。綺麗な水色の髪だもんね」
「…………………………………」
アクア、やっぱり真っ赤だわ!って思いながら叫んだ。
「なによーっ!!いんキャのくせに、ころしもんく───!!!」
「うん…。陰キャだよね……」
「そっち!?べつにいんキャでいいじゃないのっ!ようキャばっかりだったら、せかいのテンションたかすぎてウザいわよっ!!」
「そうなの?」
「そうよっ!とにかく、うた!うたいなさいよっ!!めいれいよっ!!!」
アクアが、お姫様じゃなくて女王様な感じに叫ぶと、その子は困って、うんと恥ずかしそうな顔をしたけど、一呼吸置いて、歌い出した。
……びっくり、した。
きれいな、声…
声に色があるとしたら、きっと、透き通った水色だわ。
水色の声が歌ってくれたのは、賛美歌だった。
キリスト教系の幼稚園だったから、こどもにはこども用の賛美歌の本があったけど、その歌は、礼拝の時に先生やお母さんやお父さん達…おとなが歌う曲。
「えっと…。長かったかな。4番まである曲だから、全部歌ったんだけど……」
アクアは、声をかけられて、歌が終わったことに気付いた。
もう少し、聞いていたかったな…って、アクアは思った。
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