ドライブスルーで日常に一匙の恐怖を

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ドライブスルーで日常に一匙の恐怖を

家の近くに「怪談ドライブスルー」ができた。 入り口付近にあるスピーカで「短め、中くらい、長め、どれにします」と聞かれる。 それに応じて車をすすめると、小さい窓のむこうに語り部のおばあさんがスタンバイ。 窓を開けてから注文どおりの尺の怪談を聞かせてくれるという噂だ。 葬式もドライブスルーで済ませる時代に、まあ、これまた、けったいなものが。 すこし興味がありつつ「怪談を聞かせるついでに、しつこく勧誘されたり、高い壺を売りつけられるのでは?」と疑い、よく、そばを通りかかるもスルー。 精神病棟に入院する妻の、見舞いの帰りとなれば、そりゃあ、怪談を嗜む気分になれないだろう。 ただ、その日は、ひどく気が滅入って「いっそ思いきって気分転換してやる」と怪談ドライブスルーに車を乗りいれた。 噂どおり、入り口付近にスピーカー。 やりとりするスピーカーだけしかなく、メニューの看板がなければ、選択肢があるのは話の尺だけで、内容やジャンルなど細かい注文はできず。 強気だなと思いつつ「中くらい」を選んで「では、ゆっくり、お気をつけて車をおすすめください」とのアナウンスに従い、前進。 ファーストフード店では勘定や商品の受け渡しをする小窓。 そのまえに停車すると、小窓のむこうは真っ暗。 すこしして闇からぬっと、おばあさんが現れて、ゆったりとした動作で腰を落ちつけ、窓を開けた。 線のように目を細め、微笑したまま、挨拶もなく「あるところに口のうまい男がおりまして」と語りだして・・・。 天性の優れた話術でもって、誰をもだまして誰からも好かれておりました。 全体的な能力は平均並みながら口のうまさを駆使し、一流大学、一流の会社に入り、とんとん拍子に出世を。 後輩から慕われ、先輩にかわいがられ、上司に気にいられ、そうして、どんどん人をたらしこみ、どんどん成りあがっていき、ついには社長令嬢を紹介されるまでに。 しかし、ほかの人とちがい、聡明な彼女は、だまされませんでした。 父である社長が男を絶賛したところで冷ややかに見返して「あなたは、うさん臭くて好きになれないわ」とにべもなく。 初対面で本性を見ぬかれ、不快感を露にされて、男は大変、驚きました。 物心ついてから、ほぼ、ぼろをだしたことなく、詐欺師な一面を人に気づかれることがなかったからです。 「パパにも殴られたことがないのに!」と叫びたくなるような屈辱を覚えつつも、意外に腹を立てたり、根に持ったりしませんでした。 「お高くとまりやがって」と憎たらしく思いながら、彼女への興味がつきなく、気を引こうと躍起に。 そんな男は、それまでの詐欺師まがいな彼とは別人のようで。 いくらでも、でまかせを、まことしやかに饒舌に語れたのが彼女を前にすると、しどろもどろになり、言葉を噛みまくり、云いまちがえてばかり。 息をするように嘘も吐けなくなり、すこしでも心ないことを口にすると、滑稽なほどあたふたして、目に見えて汗だくになる始末。 口のうまさに驕り高ぶった、その化けの皮が剥がれた彼は、わりと情けなく愛嬌のある人間だったのです。 ごまかしのきかない社長令嬢の前でしか、みっともないざまを見せませんでしたが、そのことを含め「かわいい人」と彼女は惹かれていき・・・。 あらためて男が告白をして、交際。 半年の交際を経て、めでたくゴールインを。 社長令嬢という肩書など関係なく、運命の女性と思える人を見つけ、心を入れ替えた男。 これからは天才的な口のうまさを、自分の欲や利益のためではなく、世のため人のために活かして妻と会社を守っていくことでしょう。 めでたしめでたしと、しめくくりたいところですが・・・。 結婚して間もなく、彼女が精神病棟に入院をしました。 顔にガーゼだらけの男曰く「なにかに憑りつかれたように家では暴れて・・・」とのこと。 原因は不明ながら結婚してしばらく、男は彼女から暴力を受けていたようです。 そのことを、ひた隠しにしていたのを、増える一方の顔のガーゼを見かねて、義父の社長が介入し、娘を強制入院させたのでした。 「わたしの娘がすまない・・・」と社長が頭を下げたのに対し「いいえ、きっと、わたしのせいです」とさらに深く頭を垂れた男は、彼女を見捨てずに、毎日、病院に通いまして。 「なんて献身的で愛情深い夫だ」と男が感心される一方「なのに、妻のほうときたら・・・」と彼女の評価は下がるばかり。 日ごと症状が悪化する彼女は、病院で傍若無人にふるまっていましたから。 せっかく毎日、会いにきてくれる夫には「おまえのせいだ!」「この悪魔め!」と責めたて、隙あらば、襲いかかろうとするなど、ひどい仕打ちをしていましたし。 そのうち友人知人は愛想をつかして見舞にこなくなり、親でさえ「もう死んだもの」扱いに。 とくに父親は義理の息子である男に、代わりに愛情をかけるようになり、また有望な次期社長候補として、なにかと頼りにしました。 精神病棟に放置され、医師や看護師にも疎まれるほど孤立無援となった彼女を、それでも、男はあきらめず回復を望んで毎日、励ましにいったのですが・・・。 夜に病棟から抜けだし、近くにある湖で、彼女は入水自殺を。 さすがに葬式では、皆、彼女の死を悼みましたが、社長は涙しつつ、意気消沈する男に、う告げたそうです。 「どうか娘の分まで生きて、会社を繁栄させていってほしい」 社長就任の要請でした。 葬式中にする話ではなかったとはいえ、呆けながらも男は肯き「これで会社は安泰だ」と社長は胸を撫で下ろして、今度こそ、めでたしめでたし。 そう思いきや、翌日、男は失踪、それから行方不明に。 さてさて男はどうしたものか。 本州をはなれ、遠い南の島で悠々自適に暮らしておりました。 そう、運命の女性と巡りあい、改心したわけではなかったのです。 初対面で癇に障った彼女に、身のほどを分からせてやるための、すべては計略。 彼女のまえだけ、飾らない情けない己をさらけだしたのは、あくまで演技。 結婚してから彼女が狂って暴れだしたのは、男が悪魔のような口のうまさで、とことん心を踏みにじり、精神的に追いつめてのこと。 「あの男は鬼のようなやつよ!」との訴えを、だれも信じないよう、まわりへの根回しも忘れず。 「なんて、いい旦那さんなの」と見られるよう献身的なふるまいをし、陰では情け容赦なく毒を吐きつづけて・・・。 ついに死へと追いやって、目的達成したわけです。 男の目的は「わたしは、だませないわよ」と高をくくる女を、完膚なきまでだしぬいて、鼻を明かすことでした。 べつに、社長の座、金や権力が欲しかったのではありません。 だから、父親の「どうか会社を」と頼まれたことで「ミッションコンプリート!」と満足し、積みあげてきたものを、あっさり捨てて南の島にとんだのでした。 人をだまして、なにかを得たいのではないのです。 人をだますこと自体を、たのしんでいるのです。 ある意味、無邪気な彼に、後悔も罪悪感もあるはずがありません。 しばらくは完全勝利の美酒に酔いしれ、また人をだましたくなるまで、素性を隠しながら、遊んで暮らすつもりでいました。 予定どおり、なに不自由なく上機嫌に南の島の暮らしを満喫していましたが、一つだけ困ったことが。 車の助手席が水浸しになること。 いくら拭いても、乾かしても、びしょびしょで。 助手席といえば、男に心当たりがなくもなく。 どうしても結婚前、彼女を乗せていたのが思いだされる・・・。 葬式後、家にあるのを運転してきた車ですし、彼女は入水自殺をしましたし。 ふつう、関連づけて不吉がるところですが「なんだ、しょぼい呪いだな」と男は笑いとばし、お祓いなどすることもなく、車の買い換えを。 しかし、買ったばかりの新車、その助手席がまたすぐ水浸しに。 次に買った車も、次に買った車も、次に買った車も・・・。 男の車は、一生、助手席が水浸しだったといいます。 合間合間、息継ぎをしつつ、よどみなく語っていたおばあさんが「水浸しだったといいます」と云ったきり、だまりこんだ。 「え、それで、おしまい?」と身を乗りだすも、眠ってこっくりこっくりするように首をふり、ほほ笑むだけ。 「もっと、こう呪われて祟られて男が悲惨な目にあうとかないの?」 ややクレーマー気味に食いさがったところでむっとするでなく、申し訳なさそうにするでもなく、にこにこ。 「こりゃ、いくら云っても無駄だな」と諦めたのと、不気味に思えてきたのとで、窓から顔をひっこめつつ「あ、そうだ」と。 「お代は・・・」 にこにこ首をよこにふるふる。 「は?え、いや・・・」とまたつめ寄るも「もうお代は、いただきましたから」とわずかに顔の向きを変えた。 線のような目の、その視線は俺の肩を越して、おそらく助手席に。 まさか、このおばあさん、俺の妻が精神病棟に入院しているの知ってて・・・? 内容が似ていたのは、たまたまかと思ったのが、あらためて背筋を震わせたもので。 「そ、そうですか・・・」とあっさりと引きさがり、そそくさとギアを変えて車発進。 通りにでて、逃げるように速度超過で走っていき、かなり遠のいてからコンビニへと。 駐車して、すかさず助手席を触ってみた。 水浸しでないのに、ほっとしたのもつかの間、はっとする。 病院で会ってきたばかりとあって、妻の身には「まだ」なにも起こっていないのだろう。 「まだ」俺と看護師の浮気に気づいていないのか。 気づきつつ、時機を見計らい「まだ」決行していないのか。 そう、あの精神病棟のある森にも、おおきな泉が。 慌てて車を再発進させ、通りを右折。 猛スピードで、つぎつぎと車を追い越し、きた道をひきかえした。 手に汗握るのは「間にあえ!」と祈ってか「皆にばれる!」と焦ってなのかは、分からなかったが・・・。
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