スーパーの魑魅魍魎

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スーパーの魑魅魍魎

俺はスーパーに働いているせいか「お客さまの行く手を阻んではならぬ!人の流れを乱したり滞らせてはならぬ!」という意識が人一倍強い。 そのせいで自分が買い物を行くときも神経を尖らせ、緊張しがち。 逆に案外、我が道を行くとばかり、まわりを気にせず闊歩する人がすくなくない。 カートを横づけたり、複数で並んだり、とにかく壁のように商品のまえにずっと佇んでいる人。 右に買い物かご、左にバックを持つ、二人で手をつなぐ、腕を組むなどして幅いっぱいに通路を埋める人。 そのうえで、通路のど真ん中をつっきり、むかいから人がきても、すこしも避けようとせず、とことん我が道を行く人。 すれちがう人と衝突しそうに、ちいさい子の頭にかすめそうなほどに、ぎりぎりにカートをよけて突進する人。 商品が高く積まれて見通しのわるい角を、一時停止し左右確認しなければ、スピードを緩めず大回りする人・・・。 列挙したら、きりがないほど、些細なことばかりだが、どうしても目について「ああ、商品とりたそうに睨みつけているよ!」「あまりに通路を独占すると喧嘩になるのでは?」とはらはらしてしまう。 人の動きがないところ、レジに並ぶときなども気がぬけず、なにかと心臓にわるくてしかたない。 列が長くなると、人とカートの数珠つなぎで通路をふさぐことに。 もちろん、俺は人が通れるだけの間隔を空け、カートも前にでなく、脇に置く。 レジ沿いの通路は、人通りが多いというに、レジごとに通行止めされては、たまったものではないだろうから。 なんてことは、だれでも慮るものだと思いきや、カートが前列の人の背中に当たらんばかりに密着して並ぶ人の、なんと多いこと。 「なんか、もう、意地になって通せんぼしているみたいだな」と呆れて眺めていれば、その隙に、空けていたスペースに割りこまれるし・・・。 背中をつつかれたのに振りかえると、遠い目をした人がカートを押し当ててくるし・・・。 混雑するスーパーは、不特定多数の人が思い思いに不規則な行動するに、ちょっとした動乱が起こっていると思う。 たかがスーパー、されどスーパー。 人に迷惑をかけないように、というよりは、人と揉めて自分が困らないよう、身を守るため、あるていど注意や警戒をしたほうがいいのでは? と、俺はおおげさに考えすぎなのか、背中にカートを押し当てていた人なんぞは、家でぼうってしているように心を閉じていたもので。 家の外でも、とくにスーパーでは、そんな危なっかしい人をよく見かけるような。 「スーパーのなにが、人の感覚を狂わせるのやら?」と不思議がりつつ、今日も今日とて(偵察もかねて他店に)買い物にいったところ。 特売日とあって店内は大混雑で、カートが一つもなく。 それだけ客が多いのもあるが、従業員の手が回らなくて、散らばっているのを回収できないんだな・・・。 「べつの入り口にあるカート置き場も見てこよう」と通りすぎ、すこし放れたところで「ん?」と足を止めた。 考えごとをして、スルーしたとはいえ、とても見過ごせない違和感が。 二つあるカート置き場のまえに、それぞれ二人のおばさんが立ちふさがって、おしゃべり。 しかも、買い物済みのエコバックをカートに乗せたまま・・・。 あらためて見やると、カートを求める人が、あたりをうろうろ。 二人に物言いたげな視線を送るも、おばさんたちは我関せず、おしゃべりに興じ、あきらめる人もいれば、カートの返却を待つ人も。 とはいえ、カートだけでなく、置き場も二人に牛耳られているから。 おかげで買い物を済ませ、カートを押してくる人は「げ」とばかり顔をしかめて、避けるように、ほかのカート置き場にいくか、通りすぎていくばかり。 「どいてください」とだれも、云わない。 たったその一言が口にできない理由が分からないでもない。 なにせ、おばさん二人の目的が意味不明すぎて。 おしゃべりに夢中になり、まわりを度外視しているなら、まだ声もかけやすいものを。 カートを求めて惑っている人らを、彼女らはきょろきょろ見まわし、にやにやしているのだ。 まるで、わざと迷惑行為をし、まんまと人が困っているさまを愉快がって眺めるように・・・。 商品のまえに佇んだり、通路をふさいだりするのは、あくまで買い物を目的に、献立や予算など、いろいろ考えて集中してのことと理解できなくはない。 ただ、使用済みのカートを持ったまま、置き場を占拠するのは、それに当てはまらないし、おばさん二人になんの得があるというのか。 まだ前者なら「すみません」と呼びかければ、はっとしたように「あ、ごめんなさい」と応じてくれるところ。 この二人には、当たりまえや常識が通じなさそうで、その直感から触らぬ神に祟りなしと、まわりは近よらないのだろう。 他店のトラブルとあり、傍観して「こういう場合、どんなに忙しくても店の従業員や警備員が干渉しないとな」と学習していたら猛者が登場。 おばさんと似たりよったりの年の女性で「そのカート、もう使わないなら、もらえませんか?」と毅然として真っこうから申し出。 いやな予感がしたとおり「はー?まだ使ってんですけどお?」と反抗心丸だしに、にやつく二人。 対して、こめかみを引くつかせただけで、落ちつきはらい「分かりました」と応じる女性。 「じゃあ、カートを持ったままでいいんで、移動してもらえませんか? あなたがたが、ここにいると、買い物を済ませた人がカートをもどしにくいんで」 至極まっとうな言い分に、どうしてか高笑いした二人は「分かりましたあ!」とおちゃらけて云うと、女性のお腹にカートを激突。 呻いて膝をついた女性に「どけって云ったくせに、あんたのせいで、どけないんですけどお!?」とがんがんカートをぶつけて・・・。 ただでさえ二人のカート置き場占拠に、とまどっていた人たちは、さらなる予想外の暴挙をしだしたのに、目を見張って硬直。 俺も金縛りになりかけたが、スーパーに勤める者としては放っておけずに、慌てて走っていき、カートの暴走を止めたもので。 駆けつけた警察に「カートを渡せ!って恫喝されて殴られそうになったから、これは正当防衛だ!」と喚きたてる二人を見て、自分の店の万引き案件を思いだした。 事務所に連れていかれたのは、服にアクセサリー、靴、バックにと、全身ハイブランドの女性。 しかも、これまたハイブランドの財布にはクレジットカードがたくさん、現金が二万も。 刺身の盛り合わせ、和牛の大パック、箱売りの〇ーゲンダッツなど高価格のものを万引きしたとはいえ、もちろん、その合計金額は二万には遠く及ばず。 貧乏で、明日食べるものもないというほど切羽つまって万引きしたなら、まだ訳が分かって同情もできる。 が、二万も持っていて、スーパーで払いしぶる心理は謎だ。 ハイブランドのものを売れば、スーパーでは殿様気分で悠々と買い物できるというのに・・・。 結局、万引きした分の代金を余裕で払い、お釣りももらい、ハイブランド女性は胸を張って帰ったもので。 やるせない思いを噛みしめ見送っていたら、先輩が呟いた。 「スーパーには魔物がいるのかもしれないな・・・」 今一、ぴんとこなかったせいか「なに真面目くさって『魔物』とか云ってんだろ」と内心、可笑しがったものだが。 なるほど、おばさん二人が、魔物などに憑りつかれていたと思えば、納得できるような。 もう必要ないカートを独占し、置き場を不法占拠して、だからといって、なんの自分の利にならないのに、ご満悦そうにし、挙句、まともに注意した人をリンチするなんて、生きた人間の成せる仕業とは思えない。 平和的なイメージのあるスーパーなれど、そのじつ、彼女らのような魑魅魍魎が跋扈する職場でもあると、認識をあらため、気を引きしめて勤めよう。 そう肝に銘じた矢先に、俺の店でまた、とんでもトラブルが。 早朝の品だし、そのリーダーであり、荷受けをする人が、入荷したばかりの商品の横領をしていたのだ。 まあ、店のチェック体制が甘かったせいもあるとはいえ、それにしても。 商品の一つ、二つ、こっそり袖にいれるどころではない。 わざわざ発泡スチロールに氷を敷きつめ、缶ビールや刺身や肉をお歳暮の商品のように並べていれていたというから、どういう神経をしているのやら。 品だしでもセール日に左右される早朝は、とくに忙しいのに。 「開店に間に合わせろー!」とてんてこまいに仕事をする従業員を尻目に、せっせと発泡スチロールと氷を用意し「今日は、どれにしようかなー」と商品を物色する・・・。 その光景を思い浮かべるに、ぞっとして「スーパーには魔物がいるのかもしれないな・・・」との先輩の呟きが、耳に刺さってしかたなかった。
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