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死んでも囚われているのは彼か彼女か
久しぶりに会った友人は、ゾンビのように痩せ細り、生気のない顔色をしていた。
「ど、どうしたの!?もしかして病気!?」と問いつめれば「じつは・・・」と云いつつ、穏やかな顔つきで語ったもので。
ここ半年、ストーカー被害にあっていたらしい。
帰宅時、粘着質な視線を覚えて、尾行されている?と疑いだしたのがはじまり。
といって、あやしそうな人物を見かけなかったのが、帰宅を不安がるようになって一か月後。
ボールペンなどの筆記用具、キーホルダーといった身近な小物がよく紛失するように。
さらに、すこし経ち、毎日、アパートに手紙が投函されるようになった。
宛名が書かれていなく、おそらく相手が直接、ポストにいれたもの。
手紙に事細やかに書かれていたのは、友人の朝起きてから寝るまでの模様。
前日のことながら、ぞっとするほど覚えのあることばかり。
しかも、人目のないところで、一人で過ごした内容まで大当たり。
相手がはっきりと見えないながら、みょうに胸騒ぎがしたのは勘ちがいでなかったらしい。
どういう方法かは分からないが、相手は一日中、彼女を監視し盗聴しているようだった。
慎重に慎重を重ね、息を潜めてのストーカー行為。
相手は自分の存在をアピールしたくないのか。
徹底して正体ばかれないよう相手が動いたこともあり、友人には犯人の見当がつかなかった。
なにせ、友人は男性恐怖症だ。
幼いころのトラウマを引きずり、今でもまともに異性と話すどころか、目も合わせられない具合。
男を避けてばかりでストーカーされる覚えがあるわけない。
ただ一人だけ親しいというか、友人に目をかけてくれる異性の存在があった。
会社の上司だ。
発作的に友人が挙動不審になっても、かまわず、なにかと声をかけ、優しくしてくれるという。
ストーカーに悩まされ、思いきって相談したところ親身に聞いてくれアドバイスもしてくれたとか。
「心不全で倒れて、すごく苦労した人でさ。
復帰してからもピースメーカーをつけながらだから思うように働けなかったり。
たまに自分は社会の足手まといじゃないかって疎外感を抱くのかな。
だから、同族意識とまではいかないけど、落ちこぼれのわたしを、どこか放っておけなく思うのかも」
重度の男性恐怖症の友人にして上司の評価は高く、彼の存在はストーカーにくじけないための心の支えにもなったという。
なんて心温まる交流を踏みにじるように、ストーカー行為はエスカレート。
ついには、合鍵をつくり、家宅侵入までしだした。
帰宅すると、食卓に食事が並べられていたり、洗濯されていたり、掃除をされていたり、部屋の整理整頓がされていたり。
警察に助けを求めたくても、男性恐怖症の友人にはハードルが高すぎる。
「自分でなんとかするしかない」と腹を決めて、スタンガンを購入。
帰宅途中、いつもの尾行されている感覚がしたところで迷路のような入り組んだ小道を走っていった。
そして、犯人をまいて背後を陣どることに成功。
隙をついて、角の壁から跳びだし、スタンガンの最大出力の電撃を食らわした。
「ストーカーを自らの手で見事、撃退した」と胸を張って語るのではなく、急に顔を手でおおい、うな垂れた友人。
なだめるように肩をさすりながら「まさか、ひどい反撃をされたの?」と聞けば、首をよこに振り、衝撃の事実を口にした。
「道に倒れたのは上司の上沼さんだったの・・・。
しかも、もう息をしていなかった。
そう、ピースメーカーをつけていたから電撃で心臓が止まっちゃったのよ。
すぐには信じられなかった。
わ、わたし、わたし・・・上沼さんが好きだったから」
震える声で呟くのに胸をしめつけられ、友人の手をにぎり「かわいそうに・・・」とわたしも涙ぐむ。
が、次の瞬間、涙がふっとんだ。
顔をあげた友人が頬を染め、恍惚とした笑みを浮かべていたから。
「わたし、死ぬほどうれしかった。
死んだのは上沼さんだったけど、あんな病的で情熱的なストーカーするくらい、わたしを愛してくれていたんだから」
突然、友人の手元にあったコップが真っ二つに割れた。
思わず、わたしは手をひっこめたものの、友人は陶然としながら「もう、嫉妬深いんだから」とコップの裂け目を指でなぞる。
「これからは、わたしが死ぬまで、ずっとそ傍につきっきりで居られるんだから、いいじゃない」
切れた指の血を、笑ったまま舐めてみせた友人こそ、立派な怨霊のようだった。
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