ベッドの下の暗がりに潜む秘密

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ベッドの下の暗がりに潜む秘密

子供のころ、飼っていたハムスター。 ゲージからだして部屋で遊ばせていたら、タンスと壁の隙間に入ってしまった。 奥のほうにいき、とどまってしまい、子供の腕では届かず。 タンスはなんとか動かせそうだったから、ずらしたところ。 タンスと壁の隙間を狭くし、ハムスターを圧死させた。 そりゃあ、悲しかったが「親に見つかったら怒られる!」と怯えが先に立ったもので。 「寿命がつきるまで、きちんと世話を見るのよ」と約束をして、やっとのやっと買ってもらったハムスターだったから。 とりあえずハムスターの死体はベッドの下に隠してから考えた。 さて、ハムスターが消えたことを、どうやって言い訳しようかと。 まずは敵情視察だと、玄関に。 母は庭の手入れをしているらしく、玄関の扉はすこし開いたまま。 扉の隙間を見て思いつき、外に跳びだした。 屈んで作業していた母に「ポンタ、見なかった!?」と叫んで「い、いや、見ていないけど」とみなまで返事を聞かず「ポンタ―!」と道路に走っていった。 これほどの芝居を打てば、とぼとぼ帰ってきたところで「そう見つからなかったの」と頭を撫でて怒りはせず。 ハムスターが外に脱走したのは、玄関の扉を開けっ放しにしていたせいもある。 そう思い、自責の念を抱いただろう母は「きっと、どこかで生きているわよ」と慰めただけで、俺の監督不届きを責めなかった。 まんまと作戦がうまくいき、ほっとしたし、なにせまだ子供だから一晩寝たら、ベッドの下の惨状をすっかり忘れてしまい。 三日後、ベッドの下にころがりこんだ消しゴムを取ろうと手を入れようとした直前、思いだした。 母が掃除にはいるまえに気づいてよかったとはいえ、三日も放置した死体・・・。 さほど腐ってないとしても、ベッドの下から取りだすのは、ためらわれる。 といって、さらに放置しては、もっと状況は悪化するから奥歯を噛みしめてベッドの下を覗きこんだ。 が、ハムスターの死体はどこにも見当たらず。 この恐怖体験があって、成人してからも俺はベッドの下とか、家具の下段の暗がりがこわい。 ハムスターの死体消失事件後、ベッドから布団に変えたし、一人暮らの今も、もちろん布団。 ベッドの下の暗がりを思い起こさせるような家具も置いていない。 家以外の日常生活でも、目を背けてきたのだが、避けて通れないこともある。 今、俺はおもちゃ売り場の、棚のまえに立っている。 下段にあるはずの、お目当てのぬいぐるみは見下ろす限りはない。 この店、オリジナルのぬいぐるみ。 一日の販売数には限りがある。 だとしても、今日、買えなければ、明日以降、挑戦すればいいところ。 そうして先送りにした結果、彼女の誕生日が明日に迫った。 下段にある紫のヌイグルミをご所望となれば、今日はなにがなんでも死ぬ気で棚を覗きこまないと。 そう、これまで入手できなかったのは売り切りのせいではない。 奥にあるかもしれないのを俺が覗こうとせず、確認できなかったせいもある。 トラウマを克服する、いいきっかけになるかもしれないと、前向きにとらえるよう努めつつ、おそるおそる、しゃがむ。 息を飲んで、思いきって上体を倒した。 ほぼ同時に覗いたように、暗がりに充血した目が。 なんて最悪の想像のようにならず、暗い棚の奥にぬいぐるみが一つだけころだっていた。 一息ついてから、腕をもぐりこませる。 思ったより棚は奥行きがあり、指先がかするばかりで、ぬいぐるみをつかめそうでつかめない。 あまり棚の高さがないから顔を突っこむこともできないし。 上の棚は広広としていたに、そこに身を乗りだし、ありったけ腕を伸ばした。 ぬいぐるみをつかみかけた、そのとき。 手が無感覚に。 ぎょっとする間もなく、手首に激痛が走り「あああああああ!」と腕を引きぬいて、のけ反った。 手首の平面の切り口から、血を噴出させながら、床をのたうち回って絶叫しつづけて。 ハムスターの死体と同じく、俺の右手の行方は知れないままだ。
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