最後のラブソング

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最後のラブソング

「いや~、やっぱり持つべきは親友だよな!」  そう言って酔っ払ったきみが肩を組んでくる。酔うと誰彼構わず肩を組むのは学生時代からの癖だ。知っていて、おれはいつもきみの左隣に座るようにしてきた。それがいつの間にかおれの定位置になったのは嬉しい誤算だ。 「みんな仕事が仕事がなんて言いやがって。たまの連休くらい飲みにつき合えってんだよな」 「仕事じゃしょうがないよ。それに恋人もいるだろうし」 「か~っ! 友情より恋愛ってか! ったく、やってらんねぇっての」 「そんなこと言って、学生時代その理由で飲み会断ってたの誰だっけ」 「あ、俺か。はははっ、あの頃は若かったなぁ。それに俺、モテモテだったし?」 「いまもだろ?」 「いいや、学生時代が絶頂期だったな。あの頃は女も男も選り取り見取りだったんだぜ? いや~、あの頃はモッテモテだったなぁ」  そんなのおれだって知っている。どんな人とつき合っているのか気になって、さり気なくチェックしていたことを思い出した。 (あの頃はおれも若かったってことか)  その若さがいまのおれには眩しい。三十歳を前に、あの頃みたいな情熱はもう持てないだろうとため息が漏れる。 「つーかさ、みんな薄情じゃねぇ? あんなに“俺たちの友情は死ぬまで変わらないぞー!”なんて言ってたくせに、こうして連絡してもおまえくらいしか来なくなったじゃねぇかよ」 「おれはフリーランスで時間が自由だからね」 「いいや、おまえは俺の親友だからだ。よっ、友よ!」 「もう、いい加減飲み過ぎだって。明日は午前中から用事があるんだろ? そろそろ出るよ?」 「ん~、そういやそうだった。しょうがない、出るか~」  ご機嫌なきみは若干千鳥足になりながら先に店を出た。慌ててお会計をしようと店員に声をかけると「もういただいてますよ」と返ってくる。 (相変わらずのイケメンっぷりだな)  年齢を重ねてもこういうところは変わらない。たとえ相手が親友のおれでも、まるで恋人相手のようにスマートに支払いを済ませてしまう。 (だから未練がましくなってしまうんだ)  つい愚痴のようなものが胸に湧いてきた。それを消し去りながら店の前に立つすらりとした長身に近づく。 「毎回かっこつけやがって。半分払うからレシート見せて」 「いいって。今夜は二人だったし俺の愚痴三昧だったしな。お詫びってことで気にすんな」 「でも、」 「じゃあ、今度飲むとき奢りな?」  そう言って奢らせたことなんて一度もないくせに。きっと次は割り勘になるに違いない。 「それにしても、男の友情なんて呆気ないもんだよなぁ」 「なにが?」 「いやさ、姉貴なんていまだに高校のときの友達と旅行行ったりしてんだぜ? しかも結婚してる人も参加するとかで、毎回調整が大変だー! なんて言いながらさ。それに比べて男なんてこんなもんだよな」 「仕方ないだろ。みんな仕事が大変なんだろうし、職種だってバラバラなんだし」 「それでも集まるのが友情ってもんだろ~。ほんとあいつら薄情すぎるよな~」  そんな愚痴を言いながらもおれの肩に腕が回る。それに内心ドキッとしながら「この先はもう二人だけにするか!」なんて言うきみを横目で見た。 (そんなこと言って、彼女ができたらいの一番に参加しなくなるくせに)  わかっている。きみだけじゃない、みんなそうだ。おれだけがそこから飛び出してしまっている。おれはきみに会うためだけに誘われるのを待っている情けない男だ。 (それもそろそろ潮時だよな)  未練がましく待ち続けるのはもうやめなくては。決定的な話を聞く前に自分から離れたほうが失恋の痛手は小さくて済む。そう思っているのに肩に回る腕の体温が離れがたくて、また迷ってしまいそうになる。 「次はさ、夏にパーッとバーベキューとかいいよな」 「バーベキューって、それこそ敬遠されそうだけど」 「んなことねぇって。いまは都会のど真ん中でもできるんだぜ? 道具も食材も用意してくれる場所いくつか知ってるからさ、そこにしようか」 「おれは時間あるからいいけど、ほかはどうかな」 「うーん、それならいっそ恋人同伴オッケーとかにするかなぁ」  その言葉にドキッとした。もしきみに新しい彼女ができたとして、おれは誘われても行くことができるだろうか。 (やっぱりここが潮時だ)  就職してからのきみに彼女がいなかったのが奇跡に違いない。いつだって注目の的だったきみがフリーで居続けられるはずがないんだ。それにきみがいまの会社でもモテていることは、前回の飲み会で散々聞いたからよくわかっている。 「いっそ海とかでもいいよなぁ。あ、でもそれだとまたおまえしか参加しなさそうだな」 「学生とは違うんだし、遠出はみんな敬遠するんじゃないかな」 「そっか~、そうだよな~。うん、じゃあやっぱ都内でできるところにするか。もちろんおまえは参加な!」 「まだ場所も日程も決まってないのに?」 「だってさっき、時間あるからいいって言っただろ?」 「そりゃあ言ったけど……」 「よーし、決まりだ! とりあえず最低人数二人から使えるところを選ぶか」  随分先の話を楽しそうにしているきみが眩しい。触れている左側が段々熱くなってきた。それでも「潮時だよ」ともう一人の自分が囁き続ける。 「決まったらまた連絡するわ」 「夏なんてまだ先じゃないか」 「早く予約しないと取れないんだよ。あ~、夏が楽しみだな~! なぁ、そう思わないか?」 「ちょっ、危な、」  急に抱きつかれて驚いた。慌てて足を踏ん張って受け止めながら、寄りかかってくるきみの重みに胸がざわめく。そういえば初めてきみを意識したのも酔っ払ったきみを抱き留めたときだった。 (それから十年以上、おれはずっときみに恋してた)  不意に数年前に流行ったラブソングが頭に浮かんだ。それが少しずつ体に広がって、気がつけば全身をラブソングが駆け巡っている。一番うるさいのは体の真ん中で、まるでおれの心がきみへの想いを歌っていような錯覚を覚えた。 (心がラブソングを歌うなんて、なに考えてんだか)  そんな青臭い歌詞なんていまどき流行らない。青春真っ直中の奴らだって共感しないだろう。それなのに、いまおれの心は寄りかかっている男へのラブソングを必死に歌い続けていた。まるで諦めたくないと言わんばかりの歌声に笑いたくなる。 (どうせこれからは失恋ソングばかりになるのに、いまさら何だよ)  おれの心がラブソングを歌うことはもうない。それが大人になるということで、大人になればなるほど不器用さが増してがんじがらめになっていくような気がした。 (こんなことなら、いっそ学生時代に告白しとけばよかったかな)  一瞬そう思ったものの、当時のおれは告白よりもすでに手に入れていた友情のほうを選んだだろう。でも、結局はその友情も手放そうとしている。いや、もはやおれの中に友情という情はなかった。いまあるのは恋情だけで、しかも段々厄介な濃さになりつつある。 「なぁ、夏誰も参加しなくてもおまえだけは来るよな?」 「だから夏はまだ随分先の話だろ」 「なぁ、来るよな?」 「ほら、タクシー捕まえてやるから」  ほとんど抱きついているようなきみの体温にラブソングが大音量になるのを感じながら、これが最後だときみの背中に腕を回した。
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