ろうそく

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カランコロンカラン 「…いらっしゃい。」 思ったよりも低い声だった。 重い扉をさらに押し込むと、小柄な老婆が一人座っているだけだった。 「ご、ごめんください。」 何だか空気が重い。 煙たいような、息が詰まるような… 「入ったんなら、早よ閉めておくれ。」 「あ、すいません…」 キィーー      バタン まるでホラー映画のような乾いた音。 嫌に冷たいハンドルが、余計に背筋を硬くする。 「で、今日は何を探しに来たんだい。」 「あ、はい。実は、先日弟が亡くなってしまって…」 「…あぁ。そっちのお客さんかい。着いてきな。」 そう言うと、老婆はゆっくりと立ち上がる。 服は黒?紫?暗くてよく見えない。 ただ、床を引きずるくらいに長いローブと 私のお臍くらいまで曲がってしまった腰。 杖をついていても危うい足取りに、また少し何かを警戒してしまう。 「ここだよ。」 老婆に案内されたのは、小さなケースが並んだ倉庫のような場所だった。 「で、結論から聞くよ。あんたは弟さんを生き返らせたいんかい?」 老婆の顔が私を覗きこむ。 暗がりでも分かる黄色い目つき それはまさに、夜道を歩く黒猫のような。 「…今でも、まだ迷っています。何が正しいのか。」 「何が正しいかなんて、そりゃそれぞれの事情によるからねぇ。あんたがどうしたいかなんて知ったこっちゃない。私はただ蝋燭を売るだけさ。」 「そう、ですよね…でも、私には未だに信じきれていません。本当に、本当に弟が…」 「あそこの世界。」 「え?」 「私ら蝋燭屋はそう呼んでる。この世でも、ましてやあの世でもない。そのちょうど中間の世界。49日以内なら、そこへ行くも行かないも自由。弟さんを連れ帰るのも、言い残した言葉を伝えるのも、何かを渡すのだっていい。ただ一つ、忘れちゃいけないのは…」 「その火が消えるまで…およそ30分。」 「そう。絶対にこれを超えてはならない。これを超えても尚、あそこの世界にいた場合は、あんたは二度とこの世に戻れなければ、あの世にも行けない。」 「話には聞いていました。でも、ただのこんな蝋燭一本でなんて…」 「ここにあるのを、そこらへんで売ってる蝋燭と一緒にされちゃ困るよ。この蝋燭は命そのもの。毎日のように運び込まれては、49日経つ度に回収されていく。専ら、最近じゃ人の死が身近すぎて、店に来る人もだいぶ減ったがね。」 「運ばれてくるって、一体誰が…」 「死神さ。見た目は、目深に帽子を被った、ただの緑色の服を着た配達員にしか見えないけどね。」 「じゃあ、弟の蝋燭もここに…」 「弟さんが亡くなったのは?」 「今日で8日目です…」 「なら、ここらへんにあるね。」 どこからか持ってきた脚立を登る老婆。 本当に、この蝋燭の一つ一つが命だとして。 老婆の姿は、押し入れを漁る老人のそれだ。 箱だって、昔煎餅の入っていた紙箱と言われれば、納得してしまいそうなくらいには脆い造りだ。 万が一、落として中の蝋燭が折れたりでもしたら、その命はどうなってしまうのだろうか… 「夏目優。」 「え?」 「なんだい?これが弟さんじゃないのかい?」 「そうですけど…どうして名乗ってもないのに、私の弟が分かったんですか?」 「…知りたいかい?」 老婆の黄色い目が大きくなる。 「やっぱり、大丈夫です。」 「ならほれ。」 「あ、はい。ではこれを…」 「4.5.6…確かに66万6千円、ちょうど貰うよ。」 指を舐めて札を数えた老婆は、さぞ仕事が終わったと言わんばかりに、最初に座っていた椅子へ戻る。 「あ、あの〜…」 「なんだい、まだいたのかい。」 「ここで、その、火を付けてもいいですか?」 「どうしてだい?一番早く弟さんに逢えるのは、弟さんの位牌がある場所だよ。まだ肉体と魂の繋がりがある時期だからね。ここで火を付けたら、30分以内に逢えるかだって…」 「いいんです。お願いします。」 「…ふん。今回だけだからね。」 老婆は机にあったマッチを付ける。 ジュボッという音と共に、小さく灯った火がゆらゆらと揺れる。 まるで、そこにだけ風が吹いているように。 「準備はいいかい?」 老婆の問いに無言で頷く。 弟の命にもう一度 新しい灯火が移されて………
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