ろうそく

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そこは晴れやかな青空だった。 吸い込まれるような白い雲が泳ぎ 草木が生い茂り、鳥の囀りで花が揺れている。 そんな世界に似つかわない、蝋燭を持った私。 立ちすくむ一本道の、その遥かずっと奥の方。 まるで、天にまで届きそうな山の頂きの先。 あれがあの世なのかもしれない。 そしてここがあそこの… 「お姉ちゃん。」 後頭部をすり抜けて声が聞こえた。 振り向くと、そこにはあの日のままの白装束を着た弟がいた。 「優。」 「お姉ちゃん。どうして…」 弟の言葉が終わらないうちに抱きしめる。 この匂い。やっぱり優だ。 「優、お待たせ。」 「お姉ちゃんも、死んだの?」 「ううん。私は違うよ。だってほら…」 弟に右手の蝋燭を見せる。 「…そっか。やっぱり僕だけだったんだね。」 「うん。だから、来ちゃった。」 「でもいいの?お姉ちゃんは死ななかったんだから、別に僕だけでも…」 「私がこのまま生きてたって、またあの辛い現実に戻るだけ。それなら、私はあなたと一緒にいたいの。あの時の、約束の通りに。」 「…分かったよ。でもどうするの?僕の命もあと20分だし、一緒にいるっていったって…」 「大丈夫。あなたが、許してくれるなら…」 そう言いながら、蝋燭を弟に差し出す。 「…そういうことね。」 弟は自分の命に手を伸ばす。 「やっぱりちょっと待って!!」 もう一度弟に抱きつく。 肉体なのか魂なのかわからない でも、まだ微かに温かな弟を感じるために。 少し驚いた様子の弟は、蝋燭に伸ばした手を静かに下ろした。 「優…」 「何、お姉ちゃん。」 「こんなお姉ちゃんでごめんね…」 泣きそうになるのを必死に堪えながら言葉を紡ぐ。 弟の腕が私を包む。 「別にいいよ。いつも、お父さんから暴力を振るわれた時は助けてくれたし。お母さんからご飯が貰えなくても、二人内緒で捨てられてたパン食べたり。辛かった。辛かったけど、お姉ちゃんと一緒だから頑張れた。」 弟が私に埋まり顔を隠す。 「あの日だってそうだよ。お姉ちゃんも僕も耐え切れなくなって、それなら二人で家に火を付けて、そのまま皆で死んじゃえば…なんて。死んでも二人なら怖くないって指切りまでしたのに、何故か僕だけが死んじゃって… 最後までお姉ちゃんに迷惑かけて…」 「そんなこと…そんなことない…っ!」 「どうしてだろう。どうして僕らが死ななくちゃいけなくて、どうしてあの二人が生きられるんだろう。どうして僕らがこんなに泣いていて、どうして僕らが笑い合えないんだろう。どうして、どうして…どうしてどうしてどうして!!」 突然泣き叫ぶ弟を、私は必死に抱きしめる。 こんなに弟が泣き叫ぶのを聞いたのはいつぶりなんだろう。 今までだってそうしたかったはずだ。 でも 私のために我慢して 自分のために我慢して いつしか涙も出せなくなって… 「優…」 吐き出した思いが私の涙と混ざり合って 雨なんて降るはずもないこの世界に 小さな水溜りをいくつも作る。 "死にたくない" その一つ一つが 今までの私たちの 生きてきた証のような気がして… 蝋燭はもう5cmもなかった。 「優、そろそろ…」 私の言葉が終わる前に、白装束が目の前で揺れる。 「…うん。」 腫れぼったい目を擦り、弟は私に笑いかける。 「お姉ちゃんと一緒なら…僕、幸せだよ。」 そう言って笑う弟の顔を 忘れないように目に焼き付ける。 「…優、大好き。」 「僕も。お姉ちゃん、大好き。」 弟はその細い指と指で 私の持つ蝋燭の灯火に ゆっくりと手をかけていって … ………
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