0人が本棚に入れています
本棚に追加
そこは晴れやかな青空だった。
吸い込まれるような白い雲が泳ぎ
草木が生い茂り、鳥の囀りで花が揺れている。
そんな世界に似つかわない、蝋燭を持った私。
立ちすくむ一本道の、その遥かずっと奥の方。
まるで、天にまで届きそうな山の頂きの先。
あれがあの世なのかもしれない。
そしてここがあそこの…
「お姉ちゃん。」
後頭部をすり抜けて声が聞こえた。
振り向くと、そこにはあの日のままの白装束を着た弟がいた。
「優。」
「お姉ちゃん。どうして…」
弟の言葉が終わらないうちに抱きしめる。
この匂い。やっぱり優だ。
「優、お待たせ。」
「お姉ちゃんも、死んだの?」
「ううん。私は違うよ。だってほら…」
弟に右手の蝋燭を見せる。
「…そっか。やっぱり僕だけだったんだね。」
「うん。だから、来ちゃった。」
「でもいいの?お姉ちゃんは死ななかったんだから、別に僕だけでも…」
「私がこのまま生きてたって、またあの辛い現実に戻るだけ。それなら、私はあなたと一緒にいたいの。あの時の、約束の通りに。」
「…分かったよ。でもどうするの?僕の命もあと20分だし、一緒にいるっていったって…」
「大丈夫。あなたが、許してくれるなら…」
そう言いながら、蝋燭を弟に差し出す。
「…そういうことね。」
弟は自分の命に手を伸ばす。
「やっぱりちょっと待って!!」
もう一度弟に抱きつく。
肉体なのか魂なのかわからない
でも、まだ微かに温かな弟を感じるために。
少し驚いた様子の弟は、蝋燭に伸ばした手を静かに下ろした。
「優…」
「何、お姉ちゃん。」
「こんなお姉ちゃんでごめんね…」
泣きそうになるのを必死に堪えながら言葉を紡ぐ。
弟の腕が私を包む。
「別にいいよ。いつも、お父さんから暴力を振るわれた時は助けてくれたし。お母さんからご飯が貰えなくても、二人内緒で捨てられてたパン食べたり。辛かった。辛かったけど、お姉ちゃんと一緒だから頑張れた。」
弟が私に埋まり顔を隠す。
「あの日だってそうだよ。お姉ちゃんも僕も耐え切れなくなって、それなら二人で家に火を付けて、そのまま皆で死んじゃえば…なんて。死んでも二人なら怖くないって指切りまでしたのに、何故か僕だけが死んじゃって…
最後までお姉ちゃんに迷惑かけて…」
「そんなこと…そんなことない…っ!」
「どうしてだろう。どうして僕らが死ななくちゃいけなくて、どうしてあの二人が生きられるんだろう。どうして僕らがこんなに泣いていて、どうして僕らが笑い合えないんだろう。どうして、どうして…どうしてどうしてどうして!!」
突然泣き叫ぶ弟を、私は必死に抱きしめる。
こんなに弟が泣き叫ぶのを聞いたのはいつぶりなんだろう。
今までだってそうしたかったはずだ。
でも
私のために我慢して
自分のために我慢して
いつしか涙も出せなくなって…
「優…」
吐き出した思いが私の涙と混ざり合って
雨なんて降るはずもないこの世界に
小さな水溜りをいくつも作る。
"死にたくない"
その一つ一つが
今までの私たちの
生きてきた証のような気がして…
蝋燭はもう5cmもなかった。
「優、そろそろ…」
私の言葉が終わる前に、白装束が目の前で揺れる。
「…うん。」
腫れぼったい目を擦り、弟は私に笑いかける。
「お姉ちゃんと一緒なら…僕、幸せだよ。」
そう言って笑う弟の顔を
忘れないように目に焼き付ける。
「…優、大好き。」
「僕も。お姉ちゃん、大好き。」
弟はその細い指と指で
私の持つ蝋燭の灯火に
ゆっくりと手をかけていって
…
………
最初のコメントを投稿しよう!