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物音の発生源を辿ると爺ちゃんの部屋からしているようだ。
なんとなく足音を立てずに部屋の前まで行くと、電気は点いておらず、月光だけが頼りなく部屋を照らしていた。
やはり婆ちゃんは、そこにいた。
気付いていないのか、処分するであろう物を詰めた箱に爺ちゃんの外套を入れようとしているところだった。
「婆ちゃん?何してんの」
声をかけると驚いたようにこちらに振り向く。
顔を見ると目にはこぼれない程度の涙を含んでいた。
「あぁ、ごめんねカナタ。起こしちゃって」
表情を見られまいと顔を背け、平静を努めて婆ちゃんは答える。
その光景を眺めて。俺は深く後悔した。
こんな顔をさせてしまうほど、婆ちゃんは悪い事をしたのだろうか。
嘘が、隠し事が、一体何だというのだ。
「あのさ婆ちゃん。昼間のこと、ごめん。俺、なんか就活がうまくいってなくてさ。イライラしてて、それで婆ちゃんまで嘘吐いてるのかと思ったら、その……ほんとごめん」
言葉が上手く纏まらなくて、宙ぶらりんのままで。
俺の言い分なんて関係ないのに、それでも許して欲しくて頭を目一杯まで下げた。
本当に最低な気分のまま、しばらくそうしていた。
「ごめんね」
ふと、頭の上に柔らかな感触がして、それが婆ちゃんの手だとすぐに分かる。
「本当にごめんなさい。カナタに嘘吐いてたのは私なの。だから謝るのは私の方なのよ。でも、これだけは信じて欲しいの。嘘を吐いていたのは、カナタやアスカちゃん。みんなの為にと思って隠していたのよ。でもだめね…」
優しい優しい婆ちゃんの手が頭を撫で続けている。頭痛はまったくしなかった。
ゆっくりと肩に手が置かれ、顔を上げる。
婆ちゃんの細い目が開き、決意を秘めた瞳が月の光を吸い込んで色を宿す。
「実はねカナタ。お爺ちゃんとお婆ちゃんは…」
「いや!ちょっと待った!」
慌てて俺は声を上げてそれを遮った。
キョトンとする婆ちゃんの肩を両手でしっかりと掴み、ぶんぶんと首を横に振って見せる。
「どんな理由かは分からないけど、俺達の為だってことは信用してるよ。だから言わなくていい」
でも、と婆ちゃんの二の句が継がれる前に言葉を更に被せていく。
「本当に大丈夫だから。それに思い出したんだよ爺ちゃんの言ってたこと『勇者になるにはな、泣いてる女の子に優しくする事だ』ってさ。笑っちゃうよな」
そう言って笑いかけた。
爺ちゃんは本当にそう言っていたのだ。勇者の心得なのかナンパの心得なのか、ふざけた話だとは思うが。
驚いた表情の婆ちゃんは、言葉を噛み締めるように俯いてしまった。
余計な事を言ってしまったか。
「ありがとうね。カナタ」
顔を上げた婆ちゃんの白髪が揺れる。
目の端に涙を浮かべて、精一杯の笑顔で答えるその顔が、写真に映る美しい少女そのものに見えた。
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