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イナカに帰ろう
五月のとある日。世間では何とか記念日とかいう休日で『自宅待機が解禁され観光地は家族連れで混み合い、帰省する人々で過去にない賑わいを見せています』と、端末の記事に映しだされる。
見たくもないニュースを眺めながら、たった二両ほどしかない車両内を眺めてみると、確かに前より幾分か人が乗っている様だ。
「なんで俺が…」
言葉をため息と共に吐き出してみるが、それを聞いてくれる連れ合いも、あいにく隣にはいなかった。
深く座席に腰掛けボーッと車窓に目をやると、緑しか使われていない不細工な絵が、壊れた映写機のように映し出され流れていく。
はっきり言って俺は田舎が嫌いだ。遊ぶところもなければ、雑貨店も歩いて数十分。やることと言えば畑を弄ること以外に何も無い。
記憶の中の楽しみといえば、婆ちゃんが作ってくれた唐揚げと、爺ちゃんの与太話くらいのものだ。
子供の頃はそれで良かったのかもしれないが、二十四歳のいい大人になった俺には、なんの魅力も感じる場所には思えないでいた。
昨年爺ちゃんが亡くなったことをきっかけに、田舎の家を売りに出す事が決まった。
残された婆ちゃんは反対していたようだが、母親が「どうしても心配だから、私の家に引っ越してきてほしい」と半ば強引に話をまとめてしまったそうだ。
「お婆ちゃんの家に行って引っ越しの荷物まとめたり手伝ってきて!」
有無を言わさない物言いを受け入れることしか出来なかったのは、就活に失敗して働かずに家に篭っていた負い目か。はたまた葬式で力なく微笑む婆ちゃんの顔を思い出してしまったからだろうか。
どちらにせよ、時折り激しく揺れ車内の壁に肘をぶつけながら、その決断を早くも後悔し始めていた。
「終点、トウゴウ。トウゴウ。この列車は折り返しとなります。お忘れ物のない様、お気を付け下さい」
覇気のないアナウンスと共に、車窓の田園風景がゆっくりと止まっていく。
ぷしゅう、と空気の漏れ出す音すら、溜息のように聞こえた。
このまま帰ってしまったらどうなるだろうか。
そんな不毛な考えを振り払うように膝を叩き、座席から勢いよく立ち上がる。
足取りは重いが、待たされた荷物を背負うと、十人も満たない車両から追い出されるように外へと足を向けた。
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