詩「雪解け」

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固く錆びた蛇口を三本の指でひねる ギシギシと靴底に挟まれた 小さな虫のような鳴き声が響いた その瞬間 春のようなお湯がつつと流れて メガネの湾曲は一瞬で霞み 指先に触れる 淡い陽射しの思い出に 爪が桃色に染まりながら 涙の冷たさをようやく知った 自分の中の奥底にある 自分にとって一番遠い場所から トントントンと ドアを優しくノックする 心臓の鼓動が聞こえてくる その音は徐々に膨らんで 太陽のように丸くなって また自分の奥底に消えていく ドアノブをひねるには まだ春は遠いかもしれない それでも凍りついて剥がれない皮膚をナイフ  で切り取るように 誰かの足音がそっと近づいてくる それは後悔に対する罪悪感だ だからお湯の中で手を少しずつ 少しずつ動かしていく 昔と同じように 忘れることのできない悔恨を そこに溶かして流すように いま 心臓の中には 雪解けの風が吹いている その音に その匂いに 気がつけば無意識に 手でお湯をすくいながら 蛇口の錆びを洗い流そうと 手のひらには春が一杯だ
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