転〇

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「あのぅ 異世界転生しませんか?」 朝起きると知らない天使が舞い降りていた ベッドの横に腰かけて、俺の寝顔をマジマジと見ている あどけない童顔 薄い金髪 頭上に浮かぶ輪っか 白いワンピース あまりにも天使そのままの格好に若干しらける どうせ夢なんだからもっとボンキュッボンのセクシーダイナマイトをだな 「残念ながら現実ですよ 貧相な体ですみませんね」 「……脳内の声聞けちゃうの?」 「いろいろ説明しますのでとりあえず起きてください 来客を寝ながら迎えるのは失礼ですよ?」 未だに現実と信じられないが、急かされて渋々起き上がる 朝一のトイレして顔洗ってゴミ出しまで済ませてようやく頭がシャッキリと覚醒した 「あまりにも天使を待たせすぎじゃないですかね」 「まだいたのか」 「不遜な態度が過ぎますよ」 「だって天使なんて死神と一緒だろ? もしかしなくても俺は死んだのか?」 「死んでませんよ 少なくとも今はまだ」 「天使にしては口汚い脅しだな」 「そもそも普通に受け入れてますけど私不法侵入者ですからね どうして室内にいるのか疑問に思いません?」 「まぁ 天使だしな」 「それで納得してもらえるなら話は早いですが」 「そんな天使様がこんな庶民になんの御用で?」 「ふっふっふ 異世界転生 しませんか?」 「なんだそれ」 「みんな大好き異世界転生ですよ もっとワクワクしてくださいな」 「そう言われてもなぁ 俺は勇者になりたくないし」 「心配なさらずとも我々の世界は平和です アナタに救ってほしい危機もありませんし、特別な力も与えません」 「じゃあいったいどうしてここに?」 「わかりやすく言えばスカウトです アナタの能力がぜひ欲しい」 「俺にそんな秘められた力が」 「まずは頻尿」 「ヒン、ニョウ????」 「おしっこいっぱい出すでしょう」 やっぱり夢だ しかも悪夢だ 頻尿だから異世界転生にスカウトされた そんな馬鹿なことがあってたまるか 実は邪龍の力が眠っている!!とか 勇者の聖剣に選ばれた!!とか なんでもいいからせめてもっとカッコいい理由じゃないと 話の展望が全く見えず、脳内に大量のクエスチョンがタップンタップンに溜まってしまう 「いけ好かない態度がやっと崩れましたね 素直に快感です」 「口だけじゃなく性格も悪いぞ天使様」 「意外と欲しいのはカッコいいメルヘンな理由ばかり やっぱ男の子なんですねぇ」 「頻尿よりはなんでもマシだよおねーちゃん」 「そうするとアナタの場合は事情から説明したほうが良さそうですね 例えばジャコウネコって知ってますか?」 「えーっとなんだっけか ウンチからコーヒーが出来る面白動物?」 「その通り コピ・ルアクです それがアナタ」 「嫌な予感しかしないんだが」 「人間にとある果実を食べさせて、そうして出てきたおしっこが、我々の嗜好品となるのです」 わかりそうでわからない というよりもいろいろ整理がつかない ジャコウネコにコーヒー豆を食わせてその糞からコーヒーを作る それと同じように、人間に何かを食わせてそのおしっこから嗜好品を作る なまじ理屈は通っているのが腹正しいな 「結局その嗜好品ってなんなんだ?」 「タバコです シーシャとかVAPEみたいに液体を加熱してその水蒸気を吸い込むアレ」 「つまりはオシッコシーシャ?」 「各方面から怒られそうですが、答えはYESです」 「そんなの違法だろ」 「違法でした」 「馬鹿野郎」 「でしたですよ、で し た この度めでたく合法化されたので販路拡大しようかと」 「そんなトンチキ麻薬を合法化するなよ」 「そして販路拡大するなら商品を増やさねばなりません そこでアナタをスカウトしにきました」 「それじゃあ俺は家畜か」 「ビジネスパートナーとお考えくださいな」 「どうして俺なんだ?人間なんて他にもいるだろう」 「まず大前提として日本人じゃないといけません そうでないと果実が消化できず、腹を下して終わりですので」 「……それを知っているということは、日本人以外に食べさせたことがあるのか?」 「腸の長さや普段の食生活が関係しており、コンニャクや山菜を難なく食べれる日本人だからこその独自の消化酵素がありまして 米と発酵食品が主食なのもプラスに働きましたね」 「おいおい無視するなって まるで人体実験したような口ぶりだな」 「……」 「急に黙るな恐ろしい! 頼むから冗談だと笑い飛ばしてくれ」 「まぁともかく日本人 それでいてちょっと諦観、ともすれば希死念慮を持っている無職で、かといって犯罪に手を染める根性も無くどちらかといえば無害な善人 そのうえでパソコンやゲーム機さえ与えれば満足してくれて順応性が高く、人間関係の構築は苦手 あとは異世界転生しても勇者に憧れずスローライフしたい逆張りタイプだと◎」 「淡々と罪状を述べてくれるな オーバーキルがすぎるぞ」 「それに頻尿」 「頼むから殺してくれ」 「で、どうします? このスカウト受けますか?」 「まだ何とも言えないな 詳細な労働条件を教えてくれよ 家畜よろしく首輪つけられて独居房か?」 「いえいえ トイレ風呂付きの六畳ワンルーム一人暮らしです」 「家具付き?」 「愛用の家具を持って引っ越しもできますよ Wi-Fiもついてますし」 「Wi-Fi? 異世界なのに?」 「インターネットは普通に使えます もちろん異世界の事について書き込んだり写真をあげるのは禁止してますが、YouTubeもニコニコもTwitterもpixivも見れます」 「天使の口から聞きたくない言葉の四天王」 「気軽に往来できるわけじゃありませんが、コミケに行きたいとか、個展に行きたいとか、そういう要望も検討します」 「ずいぶんとオタク特化すぎねぇか?」 「日本人ってこういうことすれば喜ぶんでしょ?」 「うむ 間違いない」 「それからスカウトに応じていただければ就職扱いになります 東北某所にダミー会社とその社宅を作りましたので、そこに住んで働く~という形に」 「抜け目がなさすぎるな」 「その社宅を自宅住所として通販も可能 アマゾンはもちろんメロブで買った本も受け取れます とはいえいろいろ不都合はありますが、そこは異世界パワーで黙らせて」 「至れり尽くせりで逆に怖いよ」 「他に何か聞きたいことはありますか?」 そう言われてなんとなく脳内で暮らしを思い浮かべる ――いまとな~んも変わらんな この部屋も大体六畳だし、むしろ就職扱いになるなら親に安心してもらえるし それにあまりにも図星で恥ずかしいが、インターネットが出来るならどこでもいいや そうすると聞かねばならぬのは 「飯は?訳の分からない異世界飯なのか、レーションみたいなディストピア飯なのか これがマズかったら泣きたくなる」 「町中華です」 「町中華」 「ラーメン、炒飯、焼きそば、天津飯、冷やし中華 なんでもござれの一流料理人 老舗町中華の老人をスカウトしてきました」 「そんな馬鹿な 町中華の親父と言えば死ぬまで自分の店で料理したい生物だろ? こんな怪しい誘いに乗るわけ」 「だからこそです 高齢になり足腰や目が弱り、作る料理のクオリティも下がってきた もう引退しようか、なんなら自殺も、そのくらい思い詰めていたので、それなら異世界パワーで治療するから転生しませんか?と」 「なるほどなぁ そんなことも出来るのか」 「本人からヒアリングを取り、料理に必要な指先や舌の感覚は残しつつ、後は総とっかえで新品に」 「言い方がなんか怖いんだよ」 「事実ですから」 「だからこそだよ でもその食材は? 異世界小麦麺とか言われてもちょっと」 「ご心配なく ダミー会社の社員食堂という体で、コッチの世界の食料を一括入荷しています 実は東北に会社を構えたのも料理人の要望で、野菜や米も美味いし麺文化が盛んで製麵所も多いから何卒と」 「そんな情熱を秘めたジジイの手料理なら普通に食いたいな」 「とんでもなく絶品ですよ なんなら同じようにスカウトした人達よりも我々の方がハマってます」 「それだけであまりにも魅力的だ」 「あぁそれからお小遣い 月4万円支給です 基本的な使い道が通販なので電子マネーでですがね」 「税金家賃諸々引いて?その4万からさらに引かれるとかはない?」 「ありません 家賃も光熱費も町中華の代金ですら全て無料です」 「素晴らしすぎてなんかケチつけたいな そうだ、電子マネーだけじゃコミケの時に困るんじゃ」 「もちろんその時は両替します 千円札をメインにしつつ小銭もしっかりと」 「完敗だ 潔く首を刎ねてくれ」 「ご満足いただけたようで何よりです」 「でも日本人のおしっこってそんなに魅力的なのか? 言ってもたかだかおしっこだろ?」 「私達の文明は娯楽が極端に少ないんです 技術力は遥かに高いですが、そのぶん何かを楽しむ文化が発達しなかった」 「それなら日本のアニメやゲームが流行りそうだけど」 「恥ずかしながらコッチの世界が作る物全て児戯に見えちゃって」 「滅多な事を言うんじゃないよ」 「もちろん好き嫌いもありますし、情熱がこもった素晴らしい作品だというのは理解できます しかしまぁそこは文明と生物の違いといいますか 技術力の違いもありますし」 「そんなに高度な文明なの?」 「比べるのもおごがましい程に だからこそシンプルな味や匂い 町中華やオシッコシーシャが癖になりまして」 「なんか一周回っちゃったのか」 つらつらと述べられた条件はどれも破格 正直デメリットが見つからない 飛びついてもいいのかな なんの能力も与えられない異世界転生 むしろ好きだ 能力がない=責任を負わない 知らない世界の命運が俺の双肩に乗ってたまるか 赤の他人の未来を切り開けるほど出来た人間じゃないんだよ だがこんな寝起きで急に言われてもなぁ 「別にいますぐ決めなくてもいいですよ」 「あ、そうなの?」 「そりゃあ異世界に移住するわけですから悩んでもらって構いません むしろ即決された方が怖い」 「それはそうだわね」 「脳内の考えも聞いていましたが、変に茶化さず1つ1つの情報を噛み砕いて理解しようとしてくれましたし、コチラとしては完璧な合格です」 「ちなみに見学とかって」 「残念ながらそれだけは出来ません」 「こんなに丁寧に説明してくれて何故にそこだけは?」 「情報漏洩を防ぐためです 先程も言いましたが我々の文明は遥かに高度 だからこそどんな技術もコチラの世界に流したくない」 「そもそも圧倒的な差があるなら真似できないんじゃ」 「うーん、例えばそうですねぇ、ボールペンの仕組みってわかりますか?」 「インクの入った管を押し出して書く 物凄くシンプルな仕組みだよね」 「その通り しかしそれは知っているから言えること、もはや当たり前の技術だからこそシンプルだと思えるだけです 江戸時代の町民にボールペンを渡したらどうなりますか?」 「……あー、なるほど 墨を付けずに文字が書ける!なんて驚きが広がってしまうね」 「そうなってしまうのを防ぎたいのです たとえば我々の世界では、テレポーテーションなんて当たり前ですしタイムトラベルすら可能 それこそボールペンと同じくらいシンプルな仕組みです」 「だからこそ何一つ渡したくないのか」 「当たり前すぎる技術でも、この世界においては革命となりかねません むしろ我々にとって当たり前すぎるからこそ、注意がおろそかになってしまい情報漏洩が起きかねない そんな万が一を防ぐため、見学は一律禁止にしてます」 「ちなみに転生が決まったら、インターネットに書き込んだりは禁止と言っていたけど具体的にはどのように?」 「基本的には自由に見れますが、監視局が間に入ります 何か呟く場合はコチラで検閲して問題なければそのまま発信」 「意外とそこはアナログなのね」 「もちろんこれに加えて喋れないように異世界パワーでこちょこちょと」 「さっきから時たま不穏なんだよな」 「それじゃあ今日はおいとましますね もしも転生したくなったり、何か疑問があれば呼んでください」 「呼ぶ?どうやって?」 「普通におーい天使さーん!!って呼べば飛んできますよ」 「つまりは四六時中監視してると」 「エヘヘ 牛肉ってたまに脂がキツイですよね」 「悲しいあるあるで話を逸らすな」 「転生を決めた場合は引っ越しや諸々の解約などお手伝いしますし、もしもご家族に筋を通したいならダミー会社のパンフも送ります とにかく我々はアナタが欲しい アナタのオシッコが欲しいのです」 「最低な口説き文句だよ」 「それではまたお会いできるのを楽しみにしております お邪魔しました~」 こうして天使は好き勝手のたまった挙句煙のように消えてしまった ドアや窓から出るのではない 本当にその場から一瞬で消えたのだ ……異世界転生しちゃおっかな いくら考えても断る理由が見つからない そもそも死んで転生するんじゃなくて転入だしな いや言うなればコレは転尿か? まぁいいや とりあえずおしっこしよ 何やら突然とんでもないチャンスが舞い込んだ まるで尿意のように心を締め付けて離さない このままジッと耐え忍ぶべきか いや限界だ 出すしかない 期待に胸をときめかせながら、俺は一歩前へ踏み出した
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