明日がほしいと願った

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「どういうことだよ。今の話……」 「アキラ、お前いつからそこに……」 「そんなのはどうでもいいだろう! 今の話は本当か? 嘘じゃないのか!? お前が明日死ぬなんて嘘だよな!?」  座敷牢に足を踏み入れたアキラに肩を掴まれて両手から日本刀が滑り落ちる。金属が床に当たった鈍い音がどこまでも座敷牢に響き渡っているような気がした。 「ここ最近様子がおかしいからこっそり後をついて来てみれば……。どういうことなんだよ! お前も何かの病気に罹っていたのか!? それで余命が今日までとかなのか!?」 「病気と言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」 「はぁ!?」 「ずっと黙っていたけど。俺さ、今日までしか生きられないんだよ。そこの妖狐を殺さなければ……」 「妖狐? それってそこで罪人みたいに縛られている妖怪のコスプレしてる人のこと? お前の母親とかさっき聞いたけど……」 「そうさ。あの人は俺の産みの親で、俺は人間と妖怪の間に生まれた半端者なんだ。うちの……小邑家の呪いのためだけに父さんとの間に俺を産んで、俺に殺されるためだけにここで生きている人だ」  後ろを振り返ると、同じようにアキラも視線を向ける。注目を浴びた妖狐は何度も瞬きを繰り返して、やがて笑みを浮かべる。  その様子が初めて息子の友達に会った母親の顔そのもので――ますます胸を抉られるような気持ちになる。 「貴方は祈里の友達なのね。いつも祈里が……うちの子がお世話になっています」 「おれはその……おれの方こそ、いつもイノリには世話になって……います……」 「ふふふっ。急に話しかけてごめんなさいね。でも驚いたでしょう。こんな変な見た目のおばさんが祈里と話していて」 「い、いいえっ! とてもお若くて、その……綺麗です。ソシャゲで言えば、ガチャで排出率が低い超レアなタイプです!!」  おいおい、とアキラに言いたくなるが、確かに妖狐は俺の母親と思えないくらいに若くて綺麗だ。普段異性に興味を持たないアキラでさえ、妖狐の美しさに緊張している。  今は薄汚れた着物姿だからあまり思えないが、今時の若者向けファッションをしたら、きっと俺やアキラと同年代と思うだろう。二十歳になる息子がいるとは誰も想像しない。  人を誑かす妖怪としても有名な妖狐は男女共に美しい者が多いと言われているが、俺の母親である目の前の妖狐はどうなのだろう。妖狐の中でもとびきり綺麗な部類に入るのか、それともこのくらいの美しさは妖狐として普通なのか。  ――そんな妖狐の血を引いているはずの俺は中の下ぐらいの容姿だが。   「ありがとう。お世辞が上手いのね。でも安心したわ。これで思い残すことは何も無いもの。この子ったら、自分のことは何一つとして話してくれないのよ。ここから動けない分、本当はもっと聞きたいの。最近何があったのか、学校ではどうしているのか、友達や恋人はいるのか……。気になっているのに全然話してくれないの。いつも怖い顔か泣きそうな顔をして、ずっと唇を噛んで黙っていて」 「それはっ! それは呪いのせいで……今日こそ首を落とさなきゃって。でもやっぱり踏ん切りがつかなくて。人殺しなんて犯罪だし、相手が妖怪でも同じ生き物であることに変わりないし、殺すなんて、そんなことっ……」  気づけば、さっきから言い訳を延々と繰り返している。自分でも何を言っているのか分からない。感情がぐちゃぐちゃで整理がつかない。身体からは熱が引いて、喉がヒリヒリと痛む。足がよろめくと、ヒステリックに似た叫びと共に悲痛な言葉が出てくる。 「そんなこと、できないよ……っ!」    俯いた視界が歪む。涙を流しているのだと気付いたところで、際限なく溢れる涙は頬を伝い落ちて、冷たく埃っぽい石畳に疎雨のように降り注ぐ。  今まで自分の心を抑えるばかりで、頑なに本音を打ち開けなかったツケが回ってきたのだろう。  ずっと堪えていた妖狐の――母さんへの想いは、一度欠壊したダムのように止めどなく流れ続ける。   (なんで止まらないんだよ! クソッ!! 早く止めよ!!)    こんなつもりじゃなかった。どうしよう。今日で全部終わらせなきゃいけないのに。  今まで目を逸らしてきた身を切るような苦しみ。母親を殺さなければ自分が死ぬという負の呪い。呪いを解くには自らの手で母親を殺めなければならない。母親を殺して長生きしても母親殺しという罪に生涯苦しむという負のスパイラル。 (ガキじゃないんだ! いつまでもメソメソするな! アキラに知られた以上、アイツをここから離して、早く蹴りをつけないと……!)    手の甲で目を拭いながら、何度も自分に落ち着けと言い聞かせる。  幼児のように地面を蹴って泣きながら我が儘を言いに来たわけでもないのに。  止まらない涙に焦りを感じ始めた時、頭を乱暴に撫でられた。母さんが撫でているのだろうと、顔を上げるとそこにいたのは親友だった。 「ようやく白状した。相談してくれるの、ずっと待っていたんだけど。バカイノリ」 「アキラ……」  いつも通りの面倒臭いとはっきり書いてある顔。でも今日はその気怠そうな顔が妙に落ち着く。 「おれにも教えてくれる? その呪いとかいうやつ」 「ああっ……」  鼻を啜ると残っていた涙を拭いてしまう。今日ほどアキラを頼もしく思った日はない。  気持ちが落ち着くと、俺は小邑家に掛けられた呪いについて話し始めたのだった――。
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