明日がほしいと願った

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 イノリの実家である小邑家は、かつて日本で有数の陰陽師一族だった。  他の陰陽師とは違って、歴史の表舞台には決して出てこない裏方――星読みや占術を得意とする一族ではあったが、その高い技術と正確性で陰陽師の世界では一目置かれていた。  そして今から九百年近く前、一族の中では風変わりと呼ばれていた陰陽師が小邑家の当主となった。暦作りや護符作りなどの事務方な仕事を主とする小邑家において、怨霊や悪霊の調伏などの荒事を好らむ目立ちだかり。女性との浮き名を流し、多くの妖を式神として従えていた好色男。それでありながら小邑家歴代の陰陽師の中で屈指の実力者。  難がありながらも優秀な陰陽師だったが、一つだけ大きな罪を犯した。それが敵対する妖狐との禁じられた恋であった。  現代とは違って、当時は人間と妖の間で諍いが絶えなかった。陰陽師たちにとって妖は人間を害する「悪」であり、滅する対象と考えられていた。小邑家の陰陽師たちもそう思っていたが、その風変わりな当主だけは唯一違っていた。  一族の者が何度言い聞かせても生涯言い続けたという。  ――全ての妖が「悪」とは限らない、と。  そしてその当主は人と妖の両方を裏切って罪を犯す。国からの命令を無視して、討伐対象であった妖狐の娘と駆け落ちした。  当然、討伐命令を破られた国は怒り、小邑家は陰陽師の世界から追放されたが、それよりも憤ったのは妖狐の一族であった。  当主と駆け落ちした妖狐には同じ妖狐の婚約者がいたが、その婚約者を筆頭に妖狐の一族は二人を執拗に探した。  その執念ともいうべき憎しみによって、駆け落ちから数年後、遂に二人は見つかってしまう。子供も生まれ、新しい家庭を築いていた彼らに、婚約者は自らの命を代償としてそれぞれ強い呪いを掛けた。  小邑家とその直系の一族には、妖狐との間にしか子供を作れず、妖狐以外と番いになった場合、相手が早死にする「不幸の呪い」。  妖狐とその血を引く一族には、妖狐の一族からの永久追放に加えて、小邑家の人間に必ず殺される「死の呪い」。  そして両者の間に生まれてくる子供には、二十歳までしか生きられない「短命の呪い」を掛けた。  その呪いによって、二人の最初の子供は二十歳の時に亡くなった。二人目も、三人目も――。  四人目の子供が生まれた時、婚約者は自らの命と引き換えにして、短命の呪いに侵される我が子の命を救う方法を生み出した。  自身が持つ妖の力を移した日本刀を使って、子供と妖狐の血の繋がりを断ち切る方法――親殺しであった。  呪いによって小邑家に殺される運命なら、もっと自分の命を有効に活用して欲しいと、婚約者は考えたのだろう。妖が持つ力は人智を超える奇跡さえ起こせる。親子の関係を断つこともきっと出来ると。  妖狐の婚約者は用意された日本刀に自らの力を宿すと、まだ幼かった四人目の子供にその日本刀を握らせた。まだ分別もつかない幼子は父親の助けも借りて、その刀を母親の胸元に突き刺したという。    その子供は短命の呪いを解いて二十歳を過ぎても生きたが、やがて自らの手で母親を殺したという罪悪感に苦しむようになる。そして婚約者が父親に掛けた呪いの通り、妖狐以外と夫婦になろうとすると、不慮の事故や急な病で相手があっという間に命を落としてしまった。  子供は呪いの話を思い出して、母親の姪に当たる妖狐を妻に迎え入れると、やがて玉のような子供が産まれた。しかしその子供も成長して二十歳が近くなると短命の呪いに苦しみだし、父親と同じように日本刀で母親を仕留めることになる。  そして母親殺しをした自分を憎み、自らも命を絶ってしまう。    呪いはそこで終わるだろうと思われていたが、今度は婚約者に呪われた当主に最も血が近い者――他の小邑家の者に呪いが感染った。  呪いは感染症のように小邑一族を蝕み、最初は当主の直系の子供たちしか発動しなかったが、次第に小邑家全体に広まり始める。  他家から迎えた伴侶との間に子供が生まれなくなって、やがて謎の死を遂げ、子供は二十歳になった瞬間に突然死するようになった。全国に点在していた小邑家の者は次々と減っていき、ほんの数名のみが残っただけであった。  ここに至ってようやく小邑家の者たちは、呪いの真の正体が小邑家と妖狐を根絶やしさせることだと気付いたのだった。    どこかで血が途絶えてしまうと、その呪いは小邑家の血を引く他の者に波及する。それは妖狐側も同じであった。  呪われた妖狐と血の繋がりが濃い順に妖狐の一族は呪いによって自我を忘れて暴走し、果てしない苦しみを受けることになる。  解呪するには小邑家の異性と身体を重ねて子供を作るしかなかったが、あくまでもそれは一時凌ぎ。  呪いから永劫に解き放たれるには、小邑家が所持する日本刀に斬られる方法以外なかった。  両家に掛けられた呪いはあまりにも強力で、未だに他の解呪の方法は見つかっていない。  このままでは小邑家か妖狐の血をほんの一滴でも血を引いている遠い親戚にまで呪いが広がる。家系図にさえ載っていないような遠縁の者たちにも――。  これ以上、小邑家や妖狐と無関係な者を巻き込まないように、両家は取り決めを交わす。  生まれた妖狐は小邑家の元に嫁ぎ、子供が生まれたら、その子供に妖狐を殺してもらう。そうしてその子供も妖狐の伴侶をもらって子供を成して、母親を殺してもらう。  死の円環を小邑家と妖狐の中でだけ完結させる。いつか誰かが解呪する方法を生み出すまで――。
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