明日がほしいと願った

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「……というのが、俺たち小邑家に掛けられた呪いだ。で、明日で二十歳になる俺は、今日中に母親を殺さなければならない。その言い伝えの通りなら、0時になった時、俺は……死ぬ」 「呪いのことは分かった。でもどうしてイノリのお母さんがこんな牢屋に閉じ込められているんだ?」 「それは……」 「私が頼んだのよ。あの人――祈里のお父さんに」  鎖が床を擦る嫌な音が聞こえてきたかと思うと、これまでずっと黙っていた母さんが話し出す。 「この子が物心をつく前に閉じ込めるようにお願いしたの。だって昨日まで一緒に暮らしていた母親を、今日になって急に殺せと言われても理解できないでしょう? だから祈里が私に情を移す前に隔離してもらったの。情も何も無いなら殺しやすいでしょう。丁度近くに良い座敷牢もあったし」 「元からあったんですか? この牢屋」 「そうよ。この牢屋は元々私たち妖狐一族が逃げないように作られた特別な牢なの。私のご先祖様はこの中で産まれて、そして子供に殺されるまでこの中で暮らしていたの。ここから出られるのはそうね……物言わぬ骸となった時かしら。この手枷も妖狐が逃げ出さないように特別な呪いが施されているのよ」  母さんの手首にはまる無骨な手枷はよく見ると文字が刻印されていた。書かれている意味は分からないが母さんが言っている通り、小邑家の先祖が彫った呪いが刻まれているのだろう。 「なんか……悲しいですね。妖狐はイノリに……自分の子供に殺されるためだけに生まれてくるようなものですよね」 「そうね。きっと他の人からしたらそう思うかもしれないわね。産まれた時から番う相手だけじゃなくて、その人との間に生まれてくる子供に殺されることが決まっているなんて。この座敷牢が作られたのも、きっと定められた運命から逃げようとした妖狐がいたからかもしれないわ。そんなことをしたって、自我を失って暴れているところを調伏されるだけなのに……」 「悔しくないんですか。その、イノリのお母さんは?」 「全然悔しくないわ。勿論、子供の頃は生まれた時から結婚相手が決まっているのも嫌だったし、死ぬのも怖かった。でも生まれたばかりの祈里を抱いた時に思ったの。この子が自分より先立つ姿を見るのは嫌だって」  母さんは自分の両手を愛おしそうにじっと見つめる。産まれたばかりの俺を抱いた時のことを思い出しているのだろう。そんな母さんの気持ちを考えて胸が苦しくなりながらも、力の入らない手を伸ばしてよろよろと日本刀を拾う。   「自分か子供のどちらかしか生きられないのなら、私は自ら身を引くわ。祈里には辛い思いをさせることになるけれども……。でも不慮の事故や病気で急逝するより、愛する我が子の手で最期を迎えられて、しかも見届けてもらえるのよ。一人寂しく、どこかで息絶えるよりずっと幸せだと思わない?」 「そう、ですね……」  アキラは最期の瞬間まで立ち合った母親のことを思い出したのだろうか。顔を顰めると急に歯切れが悪くなった。  せっかく入学した大学を休学してまで母親にずっと立ち合っていたアキラは、当然のことだが最期の時も側に付き添っていた。俺は大学で授業を受けている時間帯だったので、二人の様子を見ていた父さんから聞いた話だが、弱っていく母親の姿に取り乱しもせず、看護師や医者に悪態をつかないアキラの姿は立派なものだったらしい。  事前に母親と決めていたのか、その後の手続きも難なくこなし、関係者への連絡もあっという間に完了させたことで看護師たちに感心されていたと。  父さんから連絡を受けた俺が病院に駆けつけた時だって、アキラは泣いていたものの、俺や父さんとの受け答えもしっかりしていた。毅然とした態度は俺でさえ惚れ惚れとしたものだった。心配してしばらくうちに住むように声を掛けて半同棲状態でいるが、きっと近いうちに傷心から立ち直れるはず。普段はアンニュイな性格でも、アキラは強い奴だから。 「イノリは本当にそれでいいの? 他の方法を探さなくて?」 「探すも何も他に方法はないんだ。やるしかないだろう」 「……その割にはずっと辛そうにしてるけれども。今日までずっとお母さんを殺さずにいたのも他の方法を探していたからじゃないの」 「違う! それは俺が怖気付いているからであって……」 「嘘つき。本当は誰よりもお母さんが好きな癖に。知ってるよ。小学生の時、イノリが七夕の短冊にどんな願い事を書いたのか」 「お、お前! いつの間に見たんだよ!」  俺は呪いのことや妖狐のこともあって、母さんのことを話題を口にしたことは一度もない。いや、口にはしていないが、紙には書いたことがある。  小学校の校外学習で他県に出掛けた際、見学先の施設に七夕飾りが設置されていた。丁度もうすぐ七夕の時期ということで、近くには願い事を書く短冊もあった。せっかくだからと見学先の人に勧められて、俺たちも短冊を書かせてもらった。他県の施設で、同じクラスの奴も滅多に来ないからと思って、俺はその時心底願っていた想いをこっそり短冊にしたためて笹に掛けてきた。  他のクラスメイトが欲しい物や将来の夢、友達や恋愛、家族の健康を書いている中、俺一人だけ場違いなことを書いたような気がして、あとから恥ずかしくなったのを覚えている。アキラに短冊を見せてと言われても、見せなかったくらいに。 「あの時、イノリは自分が書いた短冊を見せてくれなかったけど、あとからこっそり見たんだよね。それで知ったんだ。イノリのお母さんは何か事情があって一緒に暮らせないだけで、本当はイノリのすぐ近くにいるんだって」 「恥ずかしいから、止めてくれっ……!」 「恥ずかしくない。イノリらしい願い事だと思ったよ。『父さんと母さんと三人で暮らせますように』。これのどこか恥ずかしいの?」
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