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最近の中学生は投資にお熱らしい
第一章
ファーーーーーーーーーー
のっけからオタク丸出しのむせび泣き方を披露してしまい大変申し訳ない。いやデュ~~~か。オタクの泣き方だとデュ~~~~なのか(知らん)。
オタクを自称してはいるが私の知識は非常に不足している。はっきり言ってしまえば無知蒙昧なのである。
いや見た目からしてどう見てもキモオタな自覚はある。もはや自身のアイデンティティと同一化したメガネ、闇より深い黒髪、日ごろの運動不足を物語る小太り体形、親の仇のように着倒しているファストファッション。オタクである。どこに出しても恥ずかしくないオタクぶりである。
だが肝心要の、マインドのほうがオタク足り得ているのか、私は「真のオタク」なのか(真のオタクってなんだ)、と聞かれてしまえばたちまち言葉に詰まること必至の有様なのである。
試しに私のオタクライフ(オタクライフってなんry)を披露すれば、土日はもっぱら図書館へと出かけ大衆小説を読み漁り、登場人物を勝手に脳内でBLさせて妄想を繰り広げ楽しむ、平日夜は自宅にて、友人から送られてきた面白い2ちゃんスレッドをほくそ笑みながら見る、くらいなのである。
もう一度言う。
私のオタクライフ()は、以下2点に集約されるのである。
・図書館で大衆小説を読む(そしてBL妄想)
・2ちゃんスレッドを読む
いや渋谷のクラブ? で夜がな踊り狂うのが趣味のような、生粋の陽キャにとってはこれでも紛うことなきオタクに違いあるまい。指さされながら笑われる画が浮かぶ。
しかし。しかしである。
私は昨今流行りの2.5次元?ライブ? も行ったことがなければ、アニメ? を鑑賞する習慣もない(そもそも部屋にテレビもなければ、動画配信サービス? も契約していない)。
コラボカフェ? も最早異国の領域であるし、コスプレ? もなんか美しい人が着飾っているという認識しかない。
無知である。あまりにも無知である。
課金? 尽くしのオタク生活に憧れがないわけではない。だがだめである。だめなんである。
両親の虐待から逃れるため、高校卒業とともに岡山くんだりから単身上京し、以来限界会社員である私の手取りは月々14万円。東京でひとり暮らしするには食べて寝るだけで手いっぱいなんである。よって普段の移動も会社⇔自宅⇔図書館というド貧民版夏の大三角形を描いている次第である。
つまり、ゲームにもがぜん詳しくない。わかるわけがない。RPG? はおろか、ソ…ソーシャルゲーム? も皆目見当がつかないし、そもそもゲームは小学生時代、友人宅でマリオを嗜んで以来ご無沙汰である。
そう。私はゲームが(も)わからんのである。
ゲームさっぱりわからんし、ファンタジーもわからんし、ましてや昨今流行りの異世界転生? もはて……といった感覚である。噂には聞いておりますが……と口元を抑えてお追従笑いをするほかないんである。
そんなわけなので、死因・過労死として現世でおっ死んだあげく、「あなたをこれから和風異世界に転生させる」なんて予告めいた声が聞こえたとしても、にわかに受け入れられるはずがない。受け入れられない。小一時間経っても受け入れられる気がしない。そもそも異世界転生って洋風な世界に引っ越すんじゃないのか? 和風異世界転生って珍しくない?
どうせなら親和性のある2ちゃんねるの世界に転生したかったぜ。生ポッチャマとか会いたかったの極み……、
薄れゆく意識の中、いっこうに姿の見えない「転生を告げる声の主」をひそかに呪いながら四畳一間のフローリングへと倒れこんだ。
唯一、本来明日までに返却しなければならない図書館の本のみが気がかりであった。
第二章
目の前で、白い着物みたいな服(あっ狩衣か、在原業平が着てたやつじゃね?)を着たあんちゃんがこの世の終わりみたいな顔をしている。
まあそりゃそうであろう。さまざま努力して召喚? したものがものの見事な行き遅れ36歳BBAともなれば気を失いそうにもなるのもやむを得ない。
和服のあんちゃんがはくはくと声にならない呼気をさかんに吐き出す。ようやくのことで声帯を震わせることに成功したらしく、ぶるぶると小刻みに震えながら振り絞る要領で話し出した。
「あなたは」
おっ、華奢な外見に似合わず意外と怜悧な感じのイケボである。来世は声優オタクとかもいいかもしれない。異世界転生の先にまた来世があるのかどうか知らんけど。
「あなたは」
「おん……、」
さっきから同じ言葉を繰り返しているので、先を促すべくうんうんと赤べこよろしく頷く。天井からの声は消失したし、ひとまずこのあんちゃんから情報を引き出すほかなさそうでもあるので。
「あなたは、なんの式神だ、」
「……、」
一瞬「敷き紙」と脳内変換し、え……わしナフキン? テーブルナフキンてこと? 自我を備えたテーブルナフキン? そういやナプキンとナフキンどっちが正しいんやろ……ともすれば生理用ナプキンと混同しちまうからセンシティブなんよな、と一通りぐるぐると意識を混濁させた挙句、「あっ式神か」と一人ポンと手のひらを叩き頭上の電球を点灯させた(古い)。
え……式神てことはつまり……、
「おんし、安倍晴明さんなん?」
ビンゴだったらしく、純和風な出で立ちに似合わない欧米人並みのオーバーリアクションである。音もないまま、限界と思しきまで開かれた口に顎が外れるんじゃなかろうかとにわかに心配になる。
『陰陽師』なら夢枕獏先生の小説を読んだことあるし、多少は適応できるんかもしれん。しかし解せないのは、『陰陽師』の安倍晴明さんは常に冷静沈着で、なにごともそつなくこなすスパダリのような美青年だったということだ。そんで相方の源博雅さんとわしの脳内でイチャコラさせては(ry ゲフンゲフン
いやそれはともかくとして、仮に夢枕獏先生の『陰陽師』の世界に転生したのであれば、このギャグマンガのようなリアクションを醸し出す安倍晴明さんには違和感しかない。『陰陽師』の安倍晴明さんはもっと飄々としていて常に優雅であり、なにより眉目秀麗な美青年であるはずである。こんなやたらやせ細った、顔の青白い病弱そうなオカルトオタクとは程遠いはずだ。
<説明しよう>
転生の時と同じ声で、古のギャグアニメのようなセリフが天井からささやかれた。
<あなたが転生したのはただの和風異世界ではない。現世で中学2年生が目下
執筆中の『ギャグギャグ☆陰陽師』だ>
「ギャグギャグ陰陽師ぃ!?」
思わず大きい声を出してしまい、目の前の安倍晴明さんが怯えてチワワのように震えている。
<『ギャグギャグ陰陽師』ではない。『ギャグギャグ☆陰陽師』だ>
「いや知らんけど……」
<この中学2年生は小説の新人賞獲得を志しているのだが、王道のファンタジー作品で新人賞を狙うにはレッドオーシャンで障壁が高いと感じているらしい。そこであえてニッチなジャンルで新人賞の佳作くらいを獲得し、担当編集についてもらい早々に書籍化、デビューを目論んでいるとのことだ>
「そんな打算的な中学2年生いるの……!? 私が中学2年生のときはフランス王室の白百合の紋章ばっかノートに描いてたのに……!!」
<印税も含め、さまざまな不労所得を得る仕組みを10代のうちに構築、40代にはFIREし人生を楽しみ尽くしたいとのことだ>
「ずいぶんしっかりした中学2年生だなあ……」
思わずしみじみしながらふと安倍晴明さんに視線をやると、相変わらず怯えた様子で立ち尽くしている。さすがにかわいそうになり、ひとまず私はありのままを正直に伝えることにした。
令和6年(晴明さんの時代からだいたい千年後の世界と説明)の世界で過労がたたり亡くなり、「異世界転生」して安倍晴明さんの元に現れたこと。
せっかく式神として呼び出してもらったので、スキルはなにもないが仕事を手伝う意思はあること。
とりあえず脳(と言っても通じないので言い換えたが)を整理したいし身体も休めたいので、少々横にならせて欲しいこと。
つらつらと一通り伝え終えた。
話し出す前は度肝を抜かれっぱなしだった晴明さんだが、説明が進むにつれて段々と理解し、納得した様子だった。もともと不可思議なものを扱う仕事をしているだけに、異質なものを受容する度量の深さは兼ね備えているのだろう。
休む場所として、布きれで仕切られた部屋の一角(確か几帳といったか?)を案内される。礼を言い、遠慮なく横にならせてもらう。晴明さんは残りの仕事があるとかで、瞬く間にいなくなってしまった。
天井には大きな梁がいくつも格子状に通されており、陽の届かない部分は影に浸っている。
本当に寝殿造なんだな、教科書でしか見たことないわ……と感慨深くとまじまじと見つめていた。
季節は初夏であるらしく、さらりとした風が舞い込み几帳の更紗を揺らす。
何故かここにきて実家のことを思い出し、意外に思いながらもうつらうつらと瞼を重くする。
よく知られていることだが、虐待親は子どもに対し時折気まぐれな優しさを見せることがある。DV夫が四六時中暴力に及ぶわけではないのと同様の理屈だ。
加害者がストレスを溜める「蓄積期」、癇癪を起こし激しい暴力を振るう「爆発期」、憑き物が取れたかのようにすっきりし、一転して優しくなる「ハネムーン期」。おそらくはこの「ハネムーン期」の記憶であろう。
――穏やかな表情の母が本を読む傍らで、畳に横たわり、天井を眺めながら蝉時雨を聞いていた。この平和な日々が、ともすれば今度こそ永遠に続くのではないかとの幻想を抱いていた――、
うっすら溢れだした涙を拭うこともせず、やがて深い眠りに落ちた。
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