intrusion

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「あたしだけだったのかもしんない。この人とずっと一緒にいるんだなーって、勝手に運命感じてたのは。というかきっと、そもそも最初からそんなもんないんだよ。みんな、なんでもない偶然になんとかして理由をつけたいから、そうやって記号をつけてるだけ。それなのに振り返ってみたらあたしはひとりでくるくる踊ってただけで、ほんとにばっかみたい」  選ばれなかった悲しさを吐き出す女性は、どうしてこんなに美しく見えてしまうのだろう。  こういうことへの対処は苦手だった。僕は僕自身のことでさえ満足に消化できないのに、他人の心にある憂いや悲しみをどうのこうのできるはずがない。単純に食ったものを吐いてしまったあとの始末のほうが、対処法がハッキリしているだけマシだ。  でも、女の言っていることを「そんなことない」「あなたを必要としている人はいますよ絶対たぶんおそらくもしかすると」と適当に受け流すこともできない。それは少なからず、僕が女の言っていることに共感している……という表れのようにも思えた。  少しの間、僕らの顔の間にある十数センチを沈黙が支配した。僕が何も言い返してこないことを女がどう判断したのかは分からないが、次に僕の鼓膜を女の声が揺らしたとき、先程までしっとり湿っていたそれは、若干光を取り戻しているように感じた。 「ねえ。これもなにかの縁だと思ってさ、手伝ってよ」 「何をです」 「もう全部ぶっ壊したいの。こんな世界も、ずっと保ってきたあたし自身も」  この女は少し冷静になったとき、このシチュエーションに馬鹿げた妄想のような空気でも感じ取ったのだろうか。表現が中学生みたいに、やけに大仰だ。 「だからそんなに酒臭いんですか?」 「あたし、子供の頃から身体だけは丈夫で、ぜんぜん壊れないのね。心は簡単に傷つくのに。一度折り目のついた紙が二度と元通りになんないのと同じで、もうしわくちゃになっててさ。お酒たくさん飲んで紛らわそうと思ってもだめだったの」 「だめだった?」 「あたしがいくら大声で歌ったって、みんなリモコンかスマホしか見てないのに気づいたら、どうしようもなく悲しくなったんだ。だからもうどうでもよくなっちゃって、誰でもいいからあたしのことだけ見てくれよって、知らない部屋に突撃してやるって決めた」  つまり。 「そしたら、きみに出会った」  別になんの解決にもならないが、女がどうして僕の部屋に踏み込んできたのかは、はっきりした。たまたま僕に、その白羽の矢が立ってしまったというわけか。  女は、ふ、とはにかみながら続ける。 「ちょうどイントロが鳴り出したと思ったら、あたしの大好きな曲が流れてきてさ。もう運命感じたよね」 「運命とかめぐりあいとかそんなもんクソだ、みたいなことをさっき言ってませんでしたっけ」 「過去は忘れることにしてるから」 「惚れた男のことは忘れられなくても、ですか」  都合のいい女だ。僕の気も知らずに。  僕が女へ投げた言葉には、わずかな憤懣も確実に混ざり込んでいた。ちょっと前まではその彼氏とやらに運命を感じていたのに、今度は特に狙いを定めたわけでもない僕にまでそんなあやふやな記号を求めてくるとは、なんと面の皮が厚いことか。ぶっ壊れるならひとりで勝手にそうしてくれ。  この女の歌で情緒をぶっ壊される前の僕ならばそう思っていたのだろうが、今は少し、状況が異なっている。
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