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「私は礒見(いそみ) かおりだ。  夜遅くに大声を出されては迷惑だから様子を見に来たら、このザマだ」  頬骨の影がくっきりと見える、やせ細った輪郭は病人とそう変わらない。  ギョロリとした目を小刻みに動かし、決して目を合わせようとはしない。 「えっ、失礼ですが礒見さんはあの、(がん)の特効薬を開発したとニュースに出ていた ───」  眉間の縦じわを深くして、テーブルの中心を(にら)みながら言った。 「新聞か。  テキトーなことを言うな。  分子標的薬及び遺伝子組み換え技術を発展させた新薬を開発しているだけだ」  床を小刻みに踏みつけ、くるりと背を向けると廊下に出ようとした。 「見たところ、末期癌のようだな。  余命3か月というところか。  医者も(さじ)を投げるだろう」  小曽根の顔に影が差した。  ピタリと足を止めた彼女は、天井に視線を向けて言った。 「明日、一緒に研究室へ来い。  新薬の実験台にしてやる」  燃えるような目をして、威圧感を残し部屋へと戻って行った。 「いやあ、何事だい」  入れ違いに、津福が向かいの椅子に腰かけた。  こちらも不健康な顔をしている。  髪はボサボサ、目の下に少しクマができている。 「へえ、新薬のねえ ───」  夜は部屋に籠っている彼女のことを、津福もあまり知らなかったようだ。 「息子さんは、何をしているんですか」  相変わらず、他人のことをあれこれ知りたがる彼は質問を続けた。 「商社に勤めていまして、私に金をせびるようなことはないのです。  礒見さんに言われるまで、詐欺(さぎ)に気づかなかった自分が恥ずかしい」  頭を()いた小曽根は、キッチンでコップに水をくんで一口含んだ。 「なぜ、家族と離れて暮らすのですか ───」  静かに尋ねた。 「最期くらい、自分と向き合いたいと思ったのです」
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