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3
体調を崩した小曽根を、部下が車に乗せて走らせた。
「病院へ行った方が良いのではありませんか。
顔色が悪いですよ」
激務に追われる銀行員は、車くらいにしか金をかける物がない。
レクサスの後部座席でぐったりとする彼は、呆けたように外を眺めていた。
「思えば、仕事しかしてこなかったな。
俺の人生は何だったのだろう ───」
モニタに映し出された後部の画像が、後ろへと流れていく。
アラウンドビューに切り替えると、車を上から見下ろしたような映像になる。
どんな仕組みなのだろう、と改めて考えるが素人には分からない。
コンピュータが生活のあらゆる場面に組み込まれ、ブラックボックス化していく現代においても、人生の価値は自分で探さなくてはならない。
分からない物に囲まれて、目先の仕事に追われる人生だった。
不意に無力感が心を支配し始める。
「もう、疲れたな」
「ご自宅でゆっくり休んでください」
引っ越したばかりのシェアハウスの玄関まで、肩を貸してくれた部下に礼を言い、リビングの椅子に腰かけた。
ふう、と息をつきコップ一杯の水を飲む。
体調は日を追うごとに悪くなっていく。
自分には仕事しかない。
ネガティブな意味だけではない。
人生に何も残らないわけではない。
数えきれないほどの企業を破綻に追い込んだが、救った企業もまた数えきれない。
星の数ほどの人と知り合い、別れてきた。
まだ陽は高いが、夜空の星が天井の向こうに見える気がした。
何とか身を起こし、着替えると据え付けたばかりのベッドに入り目を閉じた。
隣りの部屋で、時々物音がした。
日中も部屋に籠って仕事をしている人たちがいる。
自分にも孤独を選ぶ機会が、人生のどこかであっただろうか。
つい弱気が顔を覗かせ、自嘲に口元が歪む。
そうだ、俺には銀行以外に道はなかった。
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