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夕飯時になっても、2人の住人は姿を現さない。
白い壁紙が室内を明るく感じさせるリビングには、テーブルとイス、電子レンジと最低限の皿、洗い物を入れる篭があるくらいである。
共用だから、趣向のないこざっぱりした家具と調理器具のみである。
冷蔵庫は自由に使って良いが、できるだけ名前を書くように言われている。
調味料は供託金から買うシステムである。
持ち込んだミキサーの蓋を開け、米とグラノーラを入れるとボタンを押した。
甲高い機械音がすると、あっという間にベージュ色のドロッとした液体に変わる。
消化器が弱っているので、固形物は受け付けなくなった。
「あと3か月。
持っても半年の命です」
医者の言葉は非情である。
そして正しい。
肌の艶がすっかりなくなって、萎びた指先を伸ばすと、マグカップを茶箪笥から取り出した。
仕事中は気を張っていられるが、独りになると身体の力が抜けてしまう。
思えばずっと気を張って生きてきた。
金を扱う仕事は、人の裏切りを扱う仕事でもある。
欺き、頼られてまた裏切る。
こうして脱力しているときには、自分に正直でいられる。
人生とは、皮肉なものである。
自分自身の存在が、頼りなく揺らぎ始めたときに気づいた。
肩の力を抜いてもいいのだと。
「小曽根さん、ですよね」
不意に背後から声をかけられた。
30代と思われる男は、気さくな笑みを浮かべて向かい側に腰かけた。
「身体のお加減はいかがですか。
事情を知っていて越してきたのですから、気兼ねなく何でも言ってください」
男は名刺を差し出した。
「作家 津福 健一朗」とあった。
「ちょっと待ってください。
福津さんって小説家の ───」
「ご存じですか。
あまり有名ではありませんけどね」
目を丸くして、小曽根は彼の顔を凝視した。
テレビでも何度か見た顔だった。
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