第二章 混迷の中

19/20
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 四人はナミをしんがりにして撤退し、やがて出口にいたる通路に駆け込んだ。ノスリは通路に入るとほぼ同時に自分の班員に怒鳴りつけるように声を掛けた。 「キビタキ、現状を報告せよ。通信は?扉は開きそうか?生存者は?」  キビタキは通路奥、扉付近にいたが、同じく怒鳴るように答えた。 「通信はいまだ不通。扉はただいま操作中。戦闘可能な者六名、負傷者八名」  ノスリは周囲を見渡した。自分を含めて十人いた自らの班員が、いつの間にか自分とミサゴとキビタキだけになっていた。負傷者の中にまだいるかもしれないが、一人ひとり確認する余裕はもはや残されていない。すぐ横の壁や数歩先の床にエネルギー弾が破裂音を響かせながら着弾している。  通路とホールの境目でナミとタカシが黒衣の者や円盤や黒犬の侵入を立て続けに(さえぎ)っていた。二人の間で、ミサゴも立て続けにエネルギー弾を放っている。 「キビタキ、通信を試みる者、扉を操作する者以外で戦闘可能な者を連れてこっちへ来い」  ナミはケガレに乗っ取られた兵士たちの(むくろ)が放つエネルギー弾を、立て続けに凝縮させて逆に撃った骸たちに向けて投げ返していた。  タカシは次々に襲い掛かってくる円盤や黒犬を、とにかく近い順から消滅させていった。  ミサゴもこちらに向かってくるケガレたちを次々に撃ち落としていた。  ノスリはそのすぐ横に立ち、すぐさま射撃をはじめた。  本部はここの状況を把握しているだろうか。通信が不通になっていること、正体不明な者がいることは間違いなく把握している。ケガレの発生したことも把握しているだろう。ケガレが発生した以上、扉は遠隔では開かれない。武装した一団によって外側から開いてもらうしかない。援軍は来るのだろうか。地震被害のために、そちらに人数が割かれているかもしれない。そうなると援軍の到着は遅れるだろう。本部が即座に対応策を講じた場合、編成ができるくらいの人数をかき集め、武装を整え、扉前に集結して、人員を配置して、扉を開ける……早くて三十分、遅くて一時間か、瞬時にノスリはそこまで考えた。そして気を許すと悲観的になりかける自分を必死に抑えつけ、奮い立たせた。  ホールからのエネルギー弾の飛来は少しずつ、その数を減らしていった。どうやらエネルギー切れになっているようだ。しかしそれはこちらも同じこと。全体としてエネルギーの残存量がどの程度あるのか不明だった。どれだけの時間、ケガレの襲来を防ぐことができるのか分からない。ただ、とにかくこの場所でケガレの襲撃を防ぐしかない。エネルギーの残弾数を気にしている余裕などない。  エネルギー弾の飛来が減った分、今度は円盤や黒犬の襲来が増えてきた。一切ためらうことなくそれらは突っ込んでくる。全速力で次々に襲い掛かってくる。銃を持てる者は全員通路入り口に集まって応戦した。  タカシはナミの姿をちらりと見た。今まで無表情だったその顔つきが少し険しくなっているように見えた。無理もない、かなりの攻撃を一人で防ぎ続けたのだ、いつ体力が尽きても不思議ではなかった。どうすればいい?どうすればこの状況を打開できる?自分に向かってくるケガレの襲撃の合間に考えるが、どだいこんな経験をした事もなければ、こんな状況をイメージしたことさえない彼に名案など生まれるはずもなかった。とにかく犠牲が少なくなるように必死に立ち向かうしかなかった。  数人の兵士が持つ銃のエネルギーが切れた。その兵士たちはバッテリーのストックを持っていれば交換し、持っていなければ後方に下がって、負傷した兵士や死亡した兵士の持つストックに付け替えた。次々に後方に下がる兵士が現れ、通路入り口の守りが手薄になった。その合間を黒い霧が風が吹くように次々にすり抜けていった。  タカシは振り返った。通り過ぎた黒い霧が通路出口に向かいながら次第に固まり濃くなっていった。タカシはとっさに出口の方へ向かって走った。黒い霧が、出口扉付近に横一列に並べられて横たわっている負傷者たちの、口や鼻や耳の穴から、次々と体内に侵入していった。  そこにはバッテリーの交換に二人の兵士が後退してきていた。そのうち一人はキビタキだった。キビタキは黒い霧が負傷者の体内に侵入する様を目の当たりにした。それがどういう意味を持つのか、彼らはこの短い時間で思い知らされていた。今まで仲間だった目の前の兵士たちが仲間でなくなってしまう。それどころか人間でさえもなくなる。ただのケガレに成り下がってしまう。キビタキは、呻き声を上げながら起き上がろうとする負傷者たちに銃を向けた。これは仕方がないことなんだ、そう自分に言い聞かせながら。  タカシは、空中に漂う黒衣の者が変化した霧の固まりを次々に霧散させていた。視線の先でキビタキが足元に横たわる負傷者に向けてエネルギー弾を放った。その横にいる負傷者にも、更に別の健常な兵士も加わって負傷者を次々に、まだ横たわったまま起き上がる気配もない負傷者を含めて破裂させていった。 「待て、やめろ」  とっさにタカシは走り出し、まだ残る負傷者とキビタキたちの間に割って入ろうとした。そこに向かった黒衣の者の数からして、負傷者が全員、身体を乗っ取られたとは思えなかった。同士討ちを座視する訳にいかない。しかし到達する寸前で再び負傷者が破裂した。彼はその爆風と飛び散る血肉にたじろぎ一瞬、足を止めた。  タカシはキビタキの姿に視線を向けた。目が血走っている。(まばた)きもせず一点を凝視(ぎょうし)している。見るからに正気を失っていると分かる形相をしている。  マズイ、止めないと、力ずくでも、そうタカシは思いながら再び駆け出した。そこら辺中に散らばっている血や内臓に足をとられる。キビタキは次の負傷者に銃口を向けている。やめろ!足を滑らせながらその銃身に飛びつく。 「邪魔をするな!」  キビタキは一喝すると同時にタカシの手を振り払い、その勢いのまま、銃床でタカシの横っ面を殴りつけた。  タカシの身体は横向きに空中を飛ばされて、そのまま頭から床に落下した。飛ばされている間、それはほんの一瞬の間だったが、彼には妙に長い時間に感じられた。まるで自分のことではないかのように意識が俯瞰(ふかん)で状況を眺めている。  薄れゆく意識の中で最後に見たのは、キビタキが唯一残っていた負傷者に向けて銃口を向けているところだった。そして床に頭を打ち付けた瞬間、彼の意識は真っ黒な世界に閉ざされた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!