第二章 その二

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第二章 その二

「まったくついてない日だ」  今回の夜間警備の任務も、あと二時間を残すのみだった。  夕刻から翌朝までの約半日、いつもなら治安部隊B地区詰め所に待機して、時間ごとに地区重要地点の見回りをするくらいの特に忙しくもなく、緊張感を保つ方が困難な業務のはずだった。それなのに、朝の交代に向けて引き継ぎの準備でもはじめようかと思った矢先にセンサーが侵入者を感知したのだ。しかも自分たちの受け持つ地域の端も端、あと少しずれていたら違う分隊の担当になる場所でのことだった。  その場所は、唯一“地上”に通じる通路の入り口部分だった。しかしその通路は長らく封鎖されたままだった。街からは二重三重に通行止めがなされ、センサーが厳重に設置してあり、途中を人が通ればすぐに察知して通報する仕組みになっていた。だから唐突な通路内部からの通報は想定外だった。単なるセンサーの故障だろうと思われた。  しかしセンサーに反応があった限りはその原因を突き止め、上への報告書を書いて即座に提出しなければならない。どう見ても二時間では済まない作業に思われた。  班長であるノスリは、他の班の班員を詰め所に残して、自分の班員を全員連れて現地に向かった。  現地に向かう前に、こういった場合の対処マニュアル通りに自分の所属する分隊の分隊長に報告し、治安本部にも通達した。またセンサーが故障していた場合を想定して工作輸送部隊への連絡も済ませていた。  たかだかセンサーの故障くらいでこれほど事を大きくする必要はない、とは思うが、これも危機管理に対する姿勢を示すために必要な措置なのだろう。  彼らの常備武器である“HKIー500”を手に、平行式エスカレーターを使用して、ノスリ班十名は現場である地上連絡通路入り口へと向かった。  一面、岩盤だらけの地区外壁の一角に、見るからに重そうな巨大な鉄の扉があった。ノスリは扉の横にある認証パネルの前に立ち、右手をかざした。本部からの操作によってこの周囲の扉はノスリ班々員の手のひらが鍵となって開くようになっているはずだった。予想通り、重い鉄扉(てっぴ)は大げさな音を立てながら開きはじめた。扉の内部は、普段は無人のため灯りはなく濃厚な闇が詰まっていたが、扉が少し開いた時点で一斉に点灯した。  三百メートルほどだろうか、コンクリートむき出しの通路が奥へと伸びている。その通路には鉄扉と同じ程度の丈と間口を持つ空間が広がっている。壁と天井の計三列、直線的に細長い電灯が並んでいる。  ノスリ班々員は、周囲を警戒しつつその廊下を進んだ。その先にはおよそバスケットボールコート二面分ほどの広さのホールがあるはずだった。廊下の中ほどでノスリは班員に手で合図して、二名を先行させた。その二人がホールの入り口で中を(うかが)う。 「誰か倒れています」先行の一人が言った。 「他に人の姿はありません」その言葉に続いて他の班員がホール入り口に進んだ。  ホールの中央部分に人がうつ伏せに横たわっていた。床に、小さいが黒ずんだ血だまりらしきものが見える。兵士たちは、一瞬にして更なる緊張感が全身を走るのを感じた。すぐにHKIー500を構えなおし、そのまましばらくその人間を凝視した。  身動(みじろ)ぎもしない。どうやら死んでいるようだ、そう思ったノスリはすぐ後ろに立っている二人に無言のまま片手で合図をした。合図された二人はHKIー500をその人間に向けたまま小走りに近づいた。一人がその人間のかたわらに屈んで手を差し出した、その時、微かな呻き声が辺りに響いた。 「生きてるぞ!」  近づいた二人は同時に叫んで一歩後退した。今にもHKIー500を放ちそうに構えながら。  HKIー500はエネルギー弾を放つ。放った先の対象に当たることで、一瞬で一点に集中し、破裂する。対ケガレ用に開発された武器だった。人に使用すればもちろん破裂して辺りに肉片がばらまかれる。  横たわった人間は、近くで見るとどうやら男で性別は間違いないようだった。その男は、右手の指を微かに動かした。 「動くぞ!こいつ動くぞ」男の横にいた班員が声を発した。  その男は左手の指も動かした。 「こいつ、動くな!それ以上動いたら、その頭をきれいさっぱり粉みじんにしてやるぞ!」もう一人の班員が声高に言う。 「待て、落ち着け!」  ノスリはとっさに二人を制止した。他の班員が周囲を警戒していたが、とりあえず他の異常はないようだ。ノスリは男を凝視して、銃を構えたまま近づいた。男はゆっくり両手を上にあげた。その両の手のひらを見てノスリは銃を下ろした。そして数歩下がって左手首についた機器に指を触れて話し掛けた。 「こちらウトウ分隊ノスリ班。地上連絡通路ホールにて生存者発見。ケガをしている。抵抗はない。恐らく男性。所属、認識番号不明。我が班にて確保している。対処の指示を乞う」  この男の正体が分からない以上、このまま外に連行した方がいいのか、そのままこの場に留めておいた方がいいのか独断で決める訳にもいかない。 “対象者を拘束し、厳重な警戒の上、救援隊が到着するまで、そのままの状況を維持せよ”左耳に着けた機器から応答があった。  ノスリは“了解”と答えてから少し男に近づいた。男は顔も身体も伏せたままだったが、しっかり意識はあるようで、両手を上げたままにしている。今のところ敵対行為はない。 「おい、話せるか」  ノスリの問いに、男はゆっくり頭を上げて微かに頷いた。 「所属と名前、認識番号を言え」  男は苦しそうに、呻くばかりだった。体勢のせいか、うまくしゃべることができないようだった。 「おい、こいつを起こして拘束しろ」  ノスリの命令に近くにいた二人が力ずくで男の上体を起こして、一人が腰に付けていた、U字に取っ手が付いた器具を手に取り、男の身体にU字部分を押しつけてボタンを押した。するとU字の両端から帯状の金具が出て、男の身体に密着し、胸部分と両腕を拘束した。男は血だらけの顔で、ノスリの姿を見上げつつ口を開いた。 「俺は、凪瀬(なぎせ)タカシ。今、ここに来たばかりだ」  どうやら普通に話しができるようだ、とノスリは少し安心した。
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