第二章 その二

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 それぞれ思い思いに、天井を、床を、壁を凝視した。そのすべての視線の先が振動しはじめた。そして、すぐさま立っているのも不可能なほどの、大きな揺れに襲われた。  生まれて初めて体験する大きな地震に抗う術もなく、ノスリはただ床にヒザを着いて揺れに身を任せていた。大きく、小さく、時に非常に大きく、揺れはやむ気配を見せない。このまま天井が崩落してこの地下空間が一瞬にして消滅してしまうのではないか、言い知れぬ恐れが体内にどんどん溜まって気分が悪くなりそうだった。  もちろん、この地下世界は耐震には充分配慮されていた。またこの世界には、どれだけ時間を(さかのぼ)っても特筆すべき大地震など起きたことがない。しかしそんな配慮も過去もことごとく吹き飛んでしまいそうなほどの大きな揺れだ。不安しか感じさせない震動の連続。  地面が(きし)み、(こす)れ、ぶつかり合う音が周囲を圧する。何かが倒れる音、兵士の叫び声、怒鳴る声、その他もろもろの音が混然一体となって周囲を飛び回り、全身に降り掛かってくる。  頭上から(ほこり)や砂や小石が、ホール中に撒かれているように降ってくる。しばらくすると拳ほどの大きさの欠片が落下してきた。天井が崩れかけてる、ノスリはそう思いながら頭上を見上げた。砂埃が舞って視界が悪い。明かりも点滅を繰り返し、やがて消えた。 「ノスリ!」闇の中、かたわらからウトウの声が聞こえた。 「撤収するぞ。お前は確保した男を連れて外に出ろ」  ウトウはかなり声を張っていた。そうしないと会話は困難な状況だった。 「了解」  ノスリは手探りで数歩先にいるはずのタカシを捜した。指先に固い物質が当たった。指で探るとそれは曲線を描いていた。手触りといい、形といい拘束帯で間違いない。更にタカシの上着の襟首(えりくび)だろう部分を探り当てた。拘束帯は力を加えると逆に締まっていくように作られている。だから拘束帯を引くのは止めて、引っ張りやすい襟首をノスリは掴んだ。 「ミサゴ」ノスリが可能な限りの声を張り上げた。すぐ後方から力強い女性の声が返答した。 「ここだ」 「今すぐ撤退する。俺は男を連れて外に出る。他の班員をまとめて撤退しろ」 「了解」  この暗中で、揺れに見舞われながらの会話だったので、どこまで通じたか不安だったが、ノスリは意を決した。 「おいっ、脱出するぞ!立て!」  ノスリはすぐ横で座しているタカシに、有無を言わせぬ語気で言った。 “こんな揺れの中で立てるかよ”と思いつつも、タカシもこのままこの場所にいない方が良い気がして、何とか立って歩き出そうとした。しかし襲い掛かる揺れにすぐに横倒しに倒された。 「早く来い!」そう言いながらノスリはタカシの襟首を掴み直して、そのまま引きずりはじめた。かろうじて通路入口に非常灯が点灯しており、そのぼんやりとした明かりに向け、揺れにあわせて右に左に蛇行しながらノスリは歩き続けた。タカシも何とかそれについて行こうと足を運んだ。  ノスリは自分の膂力(りょりょく)に絶対の自信があった。こんな状況下でも、男を一人引きずってでも、周囲の兵士に負けない速度で移動する自信があった。  そんなノスリの背後から地震とは別の、衝撃をともなって周囲を圧する大きな音が聞こえた。振り返っても暗すぎて何の音かはっきりとは分からなかったが、おそらく天井に亀裂が走り、その一部が崩落してきたのだと推察された。益々この地下世界が崩壊していく気がして、ノスリの胸中に溜まっていく不安が溢れ出さんばかりになっていく。それがタカシを引く手により一層力を込めさせた。その力のお蔭で、タカシは時々揺れに足を取られながらも、なんとか歩を進めることができた。  やがて彼らは通路に達した。いち早く逃げ出していた兵士たちの気配が感じられる。そこにいる全員の、まだ小刻みに揺れている状況に対する不安が、色濃く周囲に漂っていた。  ノスリはホールを見渡した。暗い上に砂埃が舞っており、視界はまったくないに等しい。天井の崩落によって多少の兵士が死傷したことが予想できた。しかしまだ多数の人々の蠢く気配が感じられる。やがて、ちょっと暴れて気が済んだと言わんばかりに、揺れが終息に向かっていった。  揺れがほぼ収まった頃、屋内の灯りが復旧した。中にいた兵士たちは、大きな揺れや落下物を何とかしのいでそこら中に存在していた。数名、足や肩を押さえながら呻き声を上げている。しかし命に関わるほどではないようだ。  この段になってもノスリは自分が統率する班の班員が、まだホールから出てこないことに不安を抱いた。みんな大丈夫だろうか?と思いつつもすぐ横にいる男を放っておく訳にもいかず、ただ班員たちが自力で脱出してくれることを願うばかりだった。  揺れが終息して、灯りが点き、ホール内にいる者、全員が安堵の吐息を漏らした。これで外に出られる。何人かは被害状況を調査するために残されるだろうが、それもそんなに時間は掛からないだろう。黙視できる範囲で報告して、後は工作部隊に引き継げばいいだけだ。  負傷者をのぞき、みな立ち上がり班単位で集まって、まだ指令は出ていないものの退却の準備を何気なくはじめていた。そんな時だった。屋外から凄まじい衝撃音が聞こえたのは。彼らは何が起きたのかまったく分からなかった。分からないままに動揺した。そして強烈な衝撃波に見舞われた。
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