第二章 混迷の中

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 再び暗闇に覆われた。  いったい外で何が起こったのか、あまりの衝撃音と揺れに尋常ではない何かが起きたことだけは分かる。しかし狭いホールの中、情報がなく視界も奪われた現状では戸惑うことしかできない。 「おい、みんな生きてるか」  そんな隊員の不安を敏感に察してウトウが声を張り上げた。 「またすぐに電源が切り替わって灯りが点くから、そのまま動かず待機してろ。ただ天井からぽろぽろ石が降ってくるから頭の上にきたら()けろよ」  隊員たちはその声に少し安堵した。待っていれば何とかなりそうな気がした。  やがて、しばらくして照明が復旧した。それほど強い光ではなかったが昼白色の光が(まぶ)しくて目に染みる。 「おいっ!何だありゃ!」どこからか強い情動をともなう声が聞こえた。とっさにその方向に目を向けると屋内の上部に黒い(きり)が漂っていた。更に地震でできた亀裂や穴から次々に黒い煙が噴き出て、その霧に向かって立ち上っていた。霧は次第に濃くなり、やがて部分々々凝固(ぎょうこ)していき、分裂して、数多くの円盤を作っていった。 「ケガレだ!」誰かが叫んだ。  ここにいる多くの者は実際にケガレに接したことはない。しかし座学でも訓練でもその形状や様子に関しては多くの時間を割いて知識を注入されていた。だから目の前にあるそれがケガレであることは、その場にいる全員が立ち所に気がついた。 「前方の者はすぐに下がれ!横に広がり迎撃する。負傷者を至急外に避難させよ。負傷者の撤退が済み次第、全員後退する。それまでふん張れ」  この中で数少ない地上世界の生き残りであり、ケガレに遭遇したこともあるウトウが声を限りに指示を出す。 「ケガレが固体化したらすぐに撃て。やつらの動きは直線的だ。もし向かってきてもよく見て撃破しろ。逃げるな。逃げると確実に()られるぞ」  そのウトウの声に全員が覚悟を決めてHKIー500を構え直した。  ノスリは班長として自分の班の班員の安否が気になりつつも、このままタカシを連れて逃げるべきか迷っていた。ただ、やはりケガレが出現した緊急事態に背を向けることはしたくなかった。だから自然と掴んでいたタカシの上着の襟首(えりくび)を離していた。そこにホールから負傷兵を引きずりつつ通路に入ってきた兵士がいた。 「おい、こいつも負傷している。面倒を看てやってくれ」  そう言った後、タカシに向かってノスリは言った。 「お互い生きていたら地上の話をゆっくり聴かせてくれ。頼んだぞ」  ノスリは再びホールに向かった。その背中にタカシが声を掛けた。 「おい、俺を連れて行け。俺ならあいつらを倒すことができる」  ノスリは歩を止め、振り返った。確かに、本当に地上からこの男がやって来たのなら何らかの力を持っているのかもしれない。しかしノスリから見ると目の前には何ら特別に見えない、ごく普通の男がいるだけだ。しかもケガを負っている。それに、自分たちではケガレに対抗できないと言われているようで、ノスリはついカチンときた。 「俺たちはこの地下都市を守る精鋭部隊だ。見くびるな。俺たちでどうにかする。すぐに戻ってくるからお前はそこで待っていろ」  言うが早いかノスリはホール内に駆けていった。タカシは頭の傷から絶え間なく襲ってくる鈍痛(どんつう)に気が遠くなりかけていた。しかし自分が行かなくてはマズい気がしていた。ここにいる者たちが皆殺しにされてしまう、そんな恐れを感じていた。  HKIー500のブウウンという発射音、それに続いて発するボンッという破裂音が所々で聞こえはじめた。そんな中、ノスリは黒霧によって著しく視界が悪くなっているホール内で班員の名前を呼びながら走った。 「班長」  ノスリ班の副官であるミサゴの声が聞こえた。その方向に目を向けるとそこに班員九人が固まっていた。 「みんな無事みたいだな」  笑顔を見せはしなかったが、ノスリはみんなが無事で安心した。 「班長こそ」  ミサゴは他の班員に比べて身長は低いが、隊服の下に隠された身体は鍛え抜かれ、男でも誰でも力比べで負けることはあり得ないという自信に満ち満ちている女の子だった。 「よし、みんな落ち着けよ。まだ負傷者の搬送は続いているが、すぐに後退できるように退路を確保しつつ、一体ずつ確実にケガレを撃ち落としていけ。まだあいつらもそんなに数は作り出せないようだ。周囲を警戒しつつ、確実に対応していけ」 「十時の方向、一体来ます!」班員の声がした瞬間、他の九人が声を上げた班員と同じ方向へHKIー500を構えた。次々に引き金が引かれた。その円盤は欠片も残さず破裂した。 「十二時の方向、一体来てます」一斉にその方向へ視線を向けつつ構えて引き金を引いた。 「九時の方向、上から来ます」  次々にケガレを破裂させた。しかし、時間の経過とともにケガレ襲来の頻度が増してくる。頭上で円盤が急ピッチで作られている。周囲のあちこちにある壁や天井の亀裂や穴からは黒煙が更に勢いを増して流れ出ていた。
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