第二章 混迷の中

10/20
前へ
/70ページ
次へ
「お前たち、先に行け。途中、道をふさぐ物があれば、どけて通れるようにしておけ。退却路を確保するんだ」  ノスリは自分の班の班員三人にそう言って出口に続く通路に向かわせた。その三人に向かう円盤をノスリや他の班員が撃墜した。小人数だったこともあり、それほど多くの円盤に追われることもなく、無事その班員たちは通路に達することができた。 「全員前を向いたまま後退せよ。決してケガレに背を見せるな。後退(あとずさ)りで下がれ」  このウトウの指示で、全員が少しずつ後退をはじめた。しかしその間も円盤は終始、襲来してくるのでなかなか歩は進まなかった。 「ミサゴ、俺たちの背後を守れ。お前の背後は俺たちが守る」 「了解」ミサゴは向きを変え、ノスリたちと背中合わせになった。床も地割れが起きていて、所々凹凸が出来ていた。だから全員少しずつしか進めない。屋内のいたる所から兵士の呻き声が聞こえてきた。確かめなくても円盤に捕獲されたことが推察された。 “まずいな”円盤の数がとにかく多い、撃ち落としても撃ち落としてもキリがない。兵士の中には腰が引けて今にも出口に向かって走り出しそうな者もいた。兵士たちが共有している集団の雰囲気が次第に、不安と焦燥の色を濃くしていく。ウトウはそれを察して激しく声を上げた。 「これしきの敵にビビんなよ!お前らはこの地下都市の精鋭部隊だろ。こんな敵倒すのは自分の尻触るより簡単だろうが!撃て、休まず撃て!」  兵士たちはふと胸中に飛来してきていた負の感情を払拭して、ギリギリの線で敵を倒すことに集中した。 「六時の方向、地面から何か出てきます」そのミサゴの声にノスリは振り返った。黒い衣をまとった人の形をしたものが現れていた。ミサゴがHKIー500の引き金を引いた。黒衣の頭が吹き飛んだ。しかし身体は倒れず、吹き飛んだ頭部分に黒い(きり)が集まり渦巻き、(またた)く間に無くなったはずの頭が再生された。  チィッ、ノスリとミサゴはほぼ同時に舌打ちをした。周囲を見渡すといたる所から黒衣を着た者が現れていた。そして全身に一片の灯りもない暗闇を思わす黒さを(たた)え、目だけが赤く光っている犬の形をしたケガレも。  黒犬は、猟犬の速さで兵士たちに襲い掛かった。薄暗い中、素早いその動きに狙いが定められない内に、何人かの兵士が腕に、足に、喉に噛みつかれた。噛みつかれた兵士は力の限りに振り解こうとするが、その牙が肉体まで達したとたん、黒犬が霧状になり、その噛み傷から体内に侵入し、身体中を駆け巡り、脳内に到達して死にいたらしめた。  兵士たちは、とにかく円盤に黒犬に黒衣の者に向かって、エネルギー弾を放ち続けた。黒衣の者は破裂させてもすぐに再生した。円盤と黒犬は破裂すると薄い黒煙となって、黒い霧の固まりに帰っていった。  円盤も黒犬も次から次に作り出されていた。エネルギー弾は一発放つごとにエネルギーの充填をしなければならないので連射ができない。彼らがくり返しエネルギー弾を放つ速度と同程度、もしくはそれ以上の早さでケガレは生み出されていた。  終わりの見えない戦い。三秒後に自分がどうなっているのか予想もできない。 「ひるむな!確実に一体ずつ倒せ!お前ら精鋭部隊に倒せない敵などいない。ひるむな!」  ウトウは声を限りに叫んだ。もうそうするしかなかった。すでに屋内全方位に黒衣や黒犬や円盤がいて、完全に包囲されていた。エネルギー弾ももうかなりの量を放っている。あとわずかしか残りのエネルギーはないだろう。全滅の二文字が頭に浮かんだ。こうなったら一点突破しかないか、ウトウは通路の方向を見た。幾重にも黒衣や黒犬が待ち構えている。頭上には多数の円盤が浮かんでいる。 「総員、撤退!近くにいる者は集まれ。固まって通路に向かい突撃する。撤退だ」  そうウトウが声を上げると、今まで円盤と黒犬に襲撃をまかせて周囲で戦況を眺めていた黒衣の者が、じわりじわりと包囲網を狭めるように兵士たちの方に近づいてきた。  ウトウの前にいた兵士が、黒衣の者にエネルギー弾を放った。  右肩から先が吹き飛んだが、その黒衣の者は意に介さず、再生しながら尚も進んできた。  兵士は充填を待ち、更にエネルギー弾を放った。次は黒衣の者の股間辺りで破裂し、両足を吹き飛ばした。その黒衣の者はうつ伏せに上体を倒した。撃った兵士は歓喜の雄叫びを短く上げた。  黒衣の者がフードの下から生気のない視線をその兵士に向けた、と同時に両腕を使って跳躍した。そのまま黒い霧の固まりとなり、兵士に向かって瞬間的に襲い掛かった。黒い霧が口から鼻の穴から体内に侵入していった。兵士はとっさに吐き出そうとした。しかし、すぐさまよだれを垂らしながら胸を掻きむしりはじめた。やがて立ったまま力尽きたように首を垂らし、腕を下した。  周囲の兵士はその兵士が死んだと思った。しかし悲しむ余裕はない。悔しさを噛み締めて、ただ黒い集団に対抗した。  しかし、その死んだと思った兵士がふと目覚めたように顔を上げてHKIー500を持ち直した。その兵士は周囲を見渡して他の兵士がHKIー500でエネルギー弾を放っている様子を観察した。そしてそれと同じようにHKIー500を構えた。 「おい、大丈夫か」隣にいた兵士が訊いた。黒衣の者に襲われた兵士はHKIー500を構えたまま声を掛けた兵士に向きを変えた。  銃口を向けられた兵士がその行動をとがめる間もなく引き金が引かれた。周囲に、撃たれた兵士の粉々になった肉片や体液が飛び散った。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加