第二章 混迷の中

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 人の身体を乗っ取りやがった!ウトウがそう思う間にその兵士は銃のエネルギーを充填し、終わると、また一人、兵士の身体を粉々にして周りにいる兵士の全身を血に染めた。周囲の兵士は戸惑った。事態がうまく呑み込めなかった。裏切り?撃つ?仲間を?  ウトウがとっさにHKIー500を構えた。次の瞬間、黒衣の者に身体を乗っ取られた兵士の頭が吹き飛んだ。 「全員集合しろ!各自敵を撃破しつつ集まって円形に展開。周囲に、ケガレに身体を乗っ取られた奴がいたらためらわずに撃て。乗っ取られたらもう助からん。躊躇(ちゅうちょ)することなく撃て」  大多数の兵士が集まった時点で強行突破するつもりだった。  もはや全滅を防ぐにはそうするしかないと思った。兵士はざっと見てもう半数近くに減っていた。もちろんすでに避難した者や負傷した者もいるが、刻々と戦力が目減りしていることだけは確かだった。 「分隊長!」  ウトウは後方にHKIー500の射撃音を聞いて右肩越しに振り返ろうとした。と同時に足元で爆発音がして、爆風に飛ばされた。何が起こったのか分からなかった。横向きに倒れた状態から顔を上げると、周囲の兵士が自分を撃ったのであろう兵士の頭を破裂させるところが見えた。 「分隊長、大丈夫ですか」隣にいた兵士が(おお)(かぶ)さるようにして言った。 「大袈裟(おおげさ)に騒ぐな。転んだだけだ。起こしてくれ」  そう言われた兵士は一瞬動きを止めたが、すぐに言った。 「応急処置をします。しばらくそのままで」  その兵士は腰ベルトに付けていた救急用品バックを探った。 「大丈夫だ。傷など負っておらん」  ウトウはそう言って自力で立とうとした。しかし下半身の動きに違和感を抱いた。どうもバランスがおかしい。動くべき箇所の動きが感じられない。ウトウは自分の下半身を見た。左足の太ももの半ばから下がなくなっていた。そう認めた瞬間、激痛が全身を走破した。歯を食いしばって耐えた。気が遠くなりかけた。 「止血します」  ウトウの看護をしていた兵士が、言うが早いか上官のわずかに残っている左足に止血帯を巻いて縛り上げた。更なる激痛がウトウを襲った。 「ノスリ、ノスリは生きてるか。ノスリはどこにいる」  ウトウは遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら叫んだ。兵士の呻き声、叫び声、苦悶の声がいたる所に響いていた。若い兵士たちが次々に死んでいく。自分の無力さにいくら歯がみしても足りない思いだった。 「ノスリ、早く来い!」  気力を振り絞って叫んだ。 「ここにいます」ノスリがウトウの元に駆け寄って答えた。  ウトウは自分の横にひざまずいたノスリの胸倉を掴んで引き寄せた。 「ノスリ、この分隊の全権をお前に引き継ぐ。隊員が集まり次第、出口を目指せ。負傷者は置いていけ。いいか自分たちが助かることだけを考えて出口に向かって突撃させろ。一人でも多くの兵士を助けるんだ。頼んだぞ」  この時のウトウの目ほど力の籠った目をかつて見たことがなかった。自分の思いを引き継がせようという意志の籠った目だった。 「了解しました」ノスリはそう言う他なかった。  ノスリは改めて視界の悪い周囲を見渡した。いたる所で戦闘が行われ、いたる所で死傷者が発生していた。しかしある程度、彼の周りに兵士は集まっているようだった。 「全員一斉に退却するぞ。固まったまま一気に出口を目指す。自力で動けない者は捨てていけ。これは命令だ。負傷者を助けてはならない。自分が脱出することだけを考えろ」 「ノスリ、分隊長はどうすんだ」ミサゴが言った。  ウトウは口は悪いが部下の面倒見は良い。部下の落ち度をすべて一身に背負う気概があった。そのため上からの評価は決して高いとは言えなかったが、部下からの信頼は当然のように厚かった。  ノスリは応えなかった。応えないことで苦渋の決断をしなければならないことを暗にミサゴに伝えた。ミサゴは出しかけた言葉をぐっと呑み込んだ。  ウトウは自分を看護する若い兵士の手を掴んだ。 「もうよい。もう俺は助からない。俺を置いて逃げろ。お前たちはこの世界の未来を造らんといかんのだ。絶対に生き残れ、死ぬな」 「隊長、しかし」 「いいから行け」  ウトウは力の限りその兵士を突き放した。 「これは命令だ。恐らく俺の最期の命令だ。退却せよ、必ず生き残れ。いいな」  突き放されて尻もちをついていた兵士は立ち上がり、思いを断ち切るように敬礼した。 「了解しました。失礼します」  自分から離れていく兵士を見ながらウトウはHKIー500を手に取った。少しは時間稼ぎになればいいが、と思いつつ。 「退却!出口を目指せ。全員退却!」  ノスリの最大限の声が辺りに響いた。兵士たちが一斉に出口に向かって走り出した。しかし黒衣の者や黒犬や円盤が大量に待ち構えている。そして背後からも数限りなく迫ってくる。意識を一方に集中すると、他方から襲われた。防御することばかりに気を取られていると、いつまでも逃げることがかなわない。各班の班長も倒れたり負傷したりで、指揮系統は完全にマヒしていた。とにかくみんなノスリの声を頼りに、逃げるしかなかった。目の前の数メートルがあまりにも遠く感じられた。
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