第二章 混迷の中

15/20

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
 ウトウは最低限必要だと思われる定期的な偵察以外は、外に出ることを不本意ながら自重していた。そのことを身近にいてクグイは敏感に察していた。だから度々(たびたび)ウトウに対して進言した。 「偵察の回数をもっと増やすべきです。まだ街には隠れ(ひそ)んでいる人々が多数生存しているものと思われます。兵士の勤めとして捜し出し、連れてくるべきだと思います」 「このままここにいても何の解決にもなりません。街は正体不明の敵だらけです。ならいっそ街の外に出ましょう。私が偵察に行ってきます。すぐに戻ってきます。許可してください」そういったことを何度も。  このままの状況では兵士の士気に関わる、とウトウは心配していたが、そのウトウでもクグイの意見は軽率に聞こえた。ただ単に親の意見に反抗したいだけではないのかと勘ぐりたくなるほどに。  だからウトウは、いつも首を縦に振らなかった。しかし頭ごなしに意見を否定もしなかったので、度々クグイは食い下がって意見した。時に、あまりにも熱を込めすぎている様子で。そんなある時、横合いから見兼ねたモズが口を挟んだ。 「お前の意見はあまりにも浅はかだ。焦って動いても現状が好転する保障はない。逆にへたに動いたことで、状況が悪くなってしまうかもしれない。極力慎重に考え、行動しなければならない。軽挙妄動は慎め、いいな」   クグイは大きな不満を抱えていた。また父が自分のするべきだと思うこと、したいと思うことに口を出した、と思っていた。  いつもそうだ。いつも親父は満足なんてしない。どれだけ良い成績を上げても、何かの賞を獲ったとしても、もっと上を目指せと言う。自分のことは自分で考えて決めろと言うくせに、必ず人の決定には口を出す。俺はもう一人前の兵士なんだ。いい加減、ほっといてほしい。  そんなクグイの鬱屈が、暗い地下生活の閉塞感(へいそくかん)に相まって、胸の底でドロドロと練り合わされ、溜まり続けて、今にも吐き出されそうになった頃、それまで不通だった通信が復旧した。 「只今より、移住計画を決行する。宮殿北側、希望ケ丘(ふもと)にある連絡通路より、地下へと移動するように。その際、けっして敵である黒い物体を引き連れないように。黒い物体を引き連れてきた者は移住を拒否される。必ず敵に見つからないように移動せよ。また明日、午後五時を持って移住計画は終了する。午後五時に連絡通路入り口は破壊され、今後一切地下への移動はできなくなる。くれぐれも午後五時までに移住を終了するように」  その首脳部通達を受けて、兵士たちは話し合った。その結果、明朝、日の出とともに移動を開始することにした。彼らの現在地は街の中心にある宮殿から南東方向に位置していた。普通に歩いて希望ケ丘までは二時間程度の距離だったが、ケガレから身を隠しながら移動し、しかも希望ケ丘に着いてからその入り口を捜さないといけない。その時間を勘案しても日の出とともに出立すれば余裕を持って辿り着くことができるだろう、という予測をもとに導き出した結論だった。  間もなくたそがれ時だった。深い闇に覆われた空間で、これまで大切に、短時間ずつ使用してきた懐中電灯を、その夜は惜しげもなく点けたままにして、みな急ぎその場を引き払う準備をした。  翌朝、兵士を含めて総勢四十八名は、日の出とともに地上に出た。日の出と言ってもこの街では常時曇っているので日が昇る様を目にすることはまずなかった。しかし空が薄っすらと明るくなっていく様子で、それを察することはできた。  建物から建物に身を隠しながら全員が移動していった。彼らは極力軽装であるようにとモズから指示されていた。大切なものだからと荷物を余分に持っていこうとする者には容赦なく捨てさせた。一日分の水と一回分の食糧以外は基本的に認めなかった。  兵士数人を前方へ偵察に向かわせ、安全を確認してから少しずつ少しずつ彼らは進んだ。正午少し前に彼らは宮殿付近まで到達した。視線の先に主を失って寂しげに(たたず)む白亜の尖塔(せんとう)が見えた。お方様はいったいどこに行ってしまわれたのだろうか。モズは思わずにはいられなかった。我々は見捨てられてしまったのだろうか。  彼らは緊張感を持続させながら進み続けた。移動と停止を繰り返していたが、ゆっくり休む訳にもいかず、幼児連れや高齢者には困難な道のりだった。モズは歩けなくなる者がいたらそのまま置いていくつもりだった。一人二人のために全員を危険にさらす訳にはいかない。そんな父親の思いと反するようにクグイは幼児を背負い、老人の肩を支えながら移動した。そんなことより全体の誘導を優先させろ、と言いたかったが直属の上司であるウトウが黙っていたので、口に出すのは控えていた。  日が傾き出した頃、彼らは間もなく希望ケ丘に到達できる地点まで移動していた。ビル一階のエントランスホールで小休止しながら偵察の兵士たちが帰ってくるのを待っていた。  偵察の兵士たちは戻ってから報告をはじめた。  希望ケ丘の麓には確かに入り口らしきものがある。しかしその周囲には無数の、例えようのないほどの苦悶(くもん)の表情を浮かべた人々の死体が転がっている。そしてその上空に円盤型の黒い物体が多数浮遊している。丘周辺には、まだ多くの移住集団が残っている。  その報告を受けたモズは、状況を考慮して、あくまで冷静沈着に覚悟を決めた。そして兵士たちを一画に集めて話しはじめた。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加