第二章 混迷の中

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「移住先に通ずる入り口は、もう目の前だ。しかしその周辺には敵が多数うろついている。そしてまだ移住を済ませていない人々が我々以外にも多数いる。もう残された時間はわずかだ。ためらう猶予はない。よって私が先に入り口付近に向かい、他の場所に敵を誘導しようと思う。ウトウ、敵が移動したら他の集団と連絡を取りながら一気に入り口に向かえ。それほど時間を稼げないかもしれないし、混乱するかもしれないが、統率して速やかに移動を終えるようにしてくれ。それから誘導には私一人では不足かもしれぬ。君たちの中から志願者を募ろうと思う。我こそはと思う者は挙手してくれ」  そんなモズの言葉をウトウが(さえぎ)った。 「バカなことを言うな。お前にそんなカッコイイ真似ができるわけないだろ。それに前線は俺の担当だ。お前は大人しく後方で指揮してろ。ウトウ班、俺と一緒に無茶したい奴はいるか。手を挙げろ」  残っているウトウ班々員三名が全員手を挙げていた。 「おい、待て、そんな勝手なことを……」  モズの悲痛な叫びがこだまするが、再度ウトウの断固とした声が遮った。 「いいか、よく聴け。ここで少しの犠牲を出して、多数の人々を救うのか、結果的に全員死んでしまうのか。お前が残ってちゃんと指揮しないとみんな死んでしまうぞ。そんなこと、俺に押しつけるな、めんどくさい」 「ウトウ……」  モズはウトウに、複雑に感情が入り混じる視線を送って、続けて自分の息子を見た。本音としては殴ってでもこの場に残したかった。しかし今、自分はその立場にはない。それにこれはクグイが自分で決めたこと。もう、とやかく、言うべきではない……  それからウトウ班四名は、いったん丘に向かって左側に大きく迂回した後、連絡通路入り口へと近づいていった。指定された制限時間まであと一時間余りしかなかった。円盤たちの姿をかろうじて視認可能な場所まで近づいてウトウはモズに向けて連絡した。 「これより作戦を開始する」 「健闘を祈る」モズは断腸の思いを抱えて返答した。  ウトウ班は敵に分かるように姿をさらし、所持している自動小銃を発砲した。  モズのいる場所までその発砲音が小刻みに聞こえた。やがてすぐにその発砲音はやんだ。いくら自動小銃を撃ったとしても円盤には何らダメージを与えられない。いたずらに穴を空けるばかりですぐに再生されてしまう。だから気を引くために少し発砲してすぐさま逃亡したのだろう。恐らく円盤はすぐにウトウたちを追っていった。あとは偵察からの報告を待つばかりだった。 「敵はウトウ班を追っていきました。現在、クリア。敵の姿はありません」  通路入り口付近を偵察していた兵士からの連絡だった。モズはすぐさま周囲の人々に出発の合図を送り、続いて潜伏している人々に対して出立を(うなが)した。 「今すぐ連絡通路入り口に向かえ。もう今しか移動できる時はない。この機を無駄にするな。今すぐ走り出せ」  モズ班の兵士たちは人々を誘導しながら通路入り口に達した。入り口は丘の(ふもと)の地面に四角く区切られた大きな穴だった。鉄のフタが閉じていたが、手動で横にスライドさせて開けることができた。  その入り口で人々を中に誘導していると穴周辺の壁にいくつかの機械が埋め込まれていることに気がついた。それが何かはっきりとはしなかったが、その表面にはデジタルの文字盤が見受けられ、制限時間までの時を刻んでいた。  入り口から中に入ると二十段ほどの階段があり、それを下りていくと長く真っ直ぐな通路があった。人が二人並んで通れるかどうかの幅で奥まで続いている。そして通路の先に達すると部屋中が白く光るホールに出て、そこから地下深くまでエスカレーターが伸びていた。そんな仕様だったので一気に人々を通路に押し込めることはできなかったが、それでも何とか時間内には全員を移動させられそうだった。  やがて地上に残っているのは、モズ班とウトウ班の班員だけになった。
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