第二章 混迷の中

17/20

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
 ウトウとクグイはビルの中に潜伏していた。他の班員は円盤に襲われて、すでに絶命していた。一人の班員が襲われた時、その班員が苦悶(くもん)のあまり自動小銃の引き金に掛けていた指を握った。タタタタタタタ……という乾いた音が響いて、その流れ弾の一発がウトウの左頬をかすめて飛んでいった。  ウトウは頬の止血をしながら、これからどうするか決断を下さなければ、と考えていた。  モズとは特別、仲が良かった訳ではない。しかし腐れ縁なのか、いつも一緒にいた。自分たちがそう望むより、周囲が自然とそう仕向けているのかと思うほど一緒にいる機会が多かった。  今まで声に出して言ったことはなかったが、ウトウはモズに敬意を持っていた。兵士をうまく統制、指揮することができる。自分よりはるかに上手に。そんなモズと一緒にいると自分の能力が遺憾(いかん)なく発揮できる実感があった。  クグイに視線を向けながら、どうにか父親のもとに帰してやりたい、と思った。だから自分がおとりになるつもりの提案を口に出そうとした。  しかしクグイが一瞬先に口を開いた。 「班長、賭けをしませんか?」 「賭け?」 「ええ、このままでは二人とも敵に襲われて死んでしまうか、死んでしまわないにしても、みんなと合流することができません。だから賭けをするんです。ここから出たら互いに別々の道を走って通路入り口に向かうんです。運が良ければ敵は片方を追って行き、片方は逃げ切ることができるかもしれません。これが最善な策だと思います。どうです?運に賭けてみませんか?」 「何をバカなことを。そのえらそうな話し方が親父そっくりだな。とにかく、俺がおとりになる。お前は敵が消えてから通路入り口に向かえ」 「それはいけません。公平ではありません。認められません」  クグイは自分の自動小銃を手に取りながら言った。 「バカ、これは命令だ。そもそも俺が上官でお前は部下なんだから公平もくそもあるか。認められないのはこっちだ、この野郎」 「僕は一人前の兵士なんです。もう庇護(ひご)されるばかりなのはまっぴらなんです。僕は人を守るために兵士になったんです。僕は左側に行きます。では」  そう言うとウトウが止める間もなくクグイは外に飛び出していった。 「クグイ!」  ウトウは叫びながら外に出た。クグイはすでに先まで走っていた。その後方から音もなく、円盤が追っていった。  間もなく制限時間まで残り二十分になるところだった。  通路入り口の横に身を(ひそ)め、モズはウトウ班の到達を待っていた。しかし来る気配はない。胸騒ぎが次第に大きく育っていく。  モズは努めて自分に言い聞かす。ウトウ班の班員たちは全員、覚悟を決めておとりになったのだ。もちろんクグイも。だから仕方のないことなのだ。我々は兵士なのだから。  通路入り口から、真っ白い服を着て見慣れぬ銃を持った二人の男が、外に姿を現した。 「おい、早く中に入れ。ここは時間になったら封鎖され、爆破されて跡形もなく吹き飛ばされる。死にたくなければ早く行け」  なんだって?爆破する?移住勧告の際にもそんなことを言っていたが、実際本当に通路を破壊する気だとは思っていなかった。新しい世界を創った人物は、完全にこの地上世界を捨て去るつもりのようだ。そして見ず知らずの世界へと自分たちを連れて行こうとしている。  その時、視界の端に何か動く気配を感じて、そちらに首を巡らせた。息を切らせてウトウが走ってきていた。その背後に円盤が三体追ってきている。  白い服の男が手に持った銃を構えた。そしてある程度近づいたところで発砲した。白い固まりが線を引きながら飛んでいき、ウトウの背後の円盤に当たって破裂して跡形もなく消し去った。白い服の男たちは交互に発砲した。そしてウトウの背後にいた敵を殲滅(せんめつ)した。  何だこいつらは?こんな武器を持っていながら、なぜ今まで敵に対抗しようとしなかったのだろうか。その武器があればもっと多くの人を救うことが可能だったんじゃないか。そう怒りに近い思いを抱きながら、モズはとりあえずウトウに駆け寄った。 「クグイは?クグイは来たか?」モズに会うなり荒い呼吸を繰り返しながらウトウが訊いた。悲愴な感情がその双眸(そうぼう)に映っていた。  一瞬の空白の後、事情を察したモズが思わず走り出そうとした。その肩をウトウががっしりと力を込めて掴んだ。 「クグイの思いを、無駄に、するな」  二人はその姿勢のまま固まった。どちらも声を出せなかった。 「おい、早くしろ。入り口を封鎖するぞ」  二人とも苦渋の色を浮かべながら通路入り口から中に入っていった。最後に白い服の男たちが中に入りフタを閉じた。  数分後、凄まじい轟音と衝撃とともに丘陵の一部が吹き飛んだ。周囲に粉塵(ふんじん)が舞い、石礫(せきれき)が誰も居なくなった街に虚しく飛ばされ、転がった。  こうして地上は放棄された……
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加