第二章 混迷の中

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 タカシとナミは数えきれないほどの黒犬や円盤を撃退した。ナミは顔色一つ変えていなかったが、タカシは次第に遠のいていく意識を何とか繋ぎ止めようと苦心していた。  ノスリたちは負傷者を引きずりながら通路に向かった。そこには数名、無傷の者がいた。ノスリはその者たちに、負傷者を連れて出口扉まで後退するように指示すると、すぐにホールへと引き返した。  ホール内にはいまだに砂塵(さじん)が舞い、頭上の黒霧を通って小石が降り落ち、崩落した大小様々な岩がそこかしこに横たわり、円盤や黒犬に襲われた兵士の残骸(ざんがい)が転がり、黒衣の者に乗っ取られた兵士が放ったエネルギー弾によって破裂した人間の肉片や体液が散らばっていた。  混沌とした光景。思わず目を逸らしたくなる場景。  ノスリは自分を鼓舞しながら、目の前に落ちているHKIー500を手に取るとエネルギーカートリッジを外し、自らのものと交換した。自分が持っていたHKIー500のエネルギー残量はわずかだったが、幸運なことに交換したカートリッジには半分以上のエネルギーが残っていた。  タカシとナミの姿を目に映した。ナミはまったく動じる様子もなく落ち着いて対処していた。タカシは足元がおぼつかなく今にも倒れそうだったが、それでも次々にケガレを駆逐(くちく)していた。ノスリはふと猜疑心(さいぎしん)に襲われた。自分たち兵士がこんなに翻弄(ほんろう)されているケガレを寄せつけていない。得体が知れない。いったいこいつらは何者なんだ。なぜそんなことができる。こいつらは本当に味方なのか。信用してもいいのか。そもそも人間なのか。もしかしたら、むしろケガレに近い存在なんじゃないか。 「班長、俺も行く」横からミサゴの声が聞こえた。 「よし助けられそうな者だけ運ぶぞ。あいつらももう限界かもしれない。あまり時間はないぞ」 「分かってるって」  二人は再びホールの中に駆けて行った。  その頃、タカシとナミの前に黒衣の者が十数名ずらりと横一列に並んだ。それと同時に円盤と黒犬の群れが攻撃の手を休めた。黒衣の者たちが何か意志をもって襲い掛かろうとしていることが、その雰囲気から察せられた。何をしてくるか分からないその状況に、タカシもナミも更に身構えた。  黒衣の者たちは無表情に彼らを眺めていた。やがて各自、ボソボソと隣の黒衣の者と話しはじめた。ボソボソ、ボソボソと、そこかしこで密談がはじまった。  ひそひそ話されると、周囲の人間は往々にしてある程度の不安と不快を感じるものだ。タカシも黒衣の者たちが何をしようとしているのか、何を話しているのか分からず、いくばくかの苛立ちと胸騒ぎを抱いていた。  一通りの打ち合わせが終わったようで、黒衣の者たちは話すのをやめて再度、整列し直した。途端に周囲に漂う空気が張りつめた。  黒衣の者たちが動いた。身体の大部分を霧状にして、あちこちに向かって飛んで行った。  ホール内にはいたる所に、円盤や黒犬に襲撃されて、苦悶の表情を浮かべたまま絶命した兵士たちの(むくろ)があった。その身体に黒い霧が侵入していった。  どういう状況なのかタカシにはよく分からなかった。これから何が起こるのかただ見つめるしかなかった。  すると、動かないはずの、絶命したはずの兵士たちの骸がおもむろに起き上がり、移動をはじめた。  どの骸も周囲にHKIー500を捜し、見つけると手に取り銃口をタカシたちに向けた。  骸の中で、両腕が欠損した一体がいた。その骸が歯をむき出して、辺りに血を撒き散らしながらタカシに向けて駆け寄ってきた。  ナミが、その骸に向けて手のひらを差し出した。 「おいっ、ちょっと待て」とタカシが言い終わるより早く、その駆け寄ってきていた骸の部位という部位が不規則に曲がり、ひしゃげて、周囲に体液が飛び散り、骨が折れ、肉が潰れる音を撒き散らしながら急速に凝縮して一個の球体となった。 「こういう時にためらうと早死にするわよ」  そう言い終わる間際に、彼らに向かって飛んできたエネルギー弾を手のひらをかざしてナミは止めた。彼の前、二メートルほどの所で小さな点に圧縮されて宙に浮かんでいた。 「この弾に当たったら、流石のあなたも死んでしまうでしょ」  ナミはそう呟きながら、その小さな点を、HKIー500を構えた無表情な骸に向かって投げ返した。  点は兵士に当たって炸裂した。誰が見ても遺体の回収は無理そうだと思う惨状だった。 「おいっ、撤退するぞ。あいつらはもう助からない。逃げるんだ。行くぞ」  タカシが振り向くとそこにノスリの姿があった。  ノスリの声がタカシに潮時を知らせた。現状、命の危険が差し迫っている。タカシはノスリを見て頷いた。  タカシはナミに声を掛けて後退をはじめた。しかし周囲は黒衣の者に憑依(ひょうい)された兵士の骸に囲まれていた。その中に自分と同じ班の班員の姿もあり、ノスリやミサゴは思わず攻撃の手を躊躇(ちゅうちょ)した。そんな二人を尻目にナミが立て続けに憑依された兵士の身体を粉砕して、血だるまにして、ただの肉塊にした。その度にタカシもノスリもミサゴも顔をしかめた。  この状況ではナミの行為は仕方がない、とは思った。しかしそうはいっても不快であることは否めなかった。早く撤退するに越したことはない。
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