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――考えてみれば、俺は、イチロウの時の事も、あまりよく覚えていない……
イチロウは、思った。
魔王の城の食堂で、リアはテーブルを挟んで魔王と向き合い、朝食を摂っていた。テーブルは一度に五十人が食事を摂れそうなほど大きかったが、中央辺りに魔王とリアしかいなかった。
石の様に、かっちかちのパンをどろりとした紫色のスープに浸して食べる。見た目はアレだが意外といけた。
イチロウ――リアは、前世の記憶が蘇ったと言っても、最近に近い記憶だけだった。
子供の頃の事とか、覚えていない。
独り暮らしをしていた事だけは、はっきりしている。
就職で地元を離れたのか。
親はどうなっているのか。
独り暮らしをしていて倒れ、誰も部屋を訪ねて来ず、気付かれずにそのまま死んだという事は、友達も彼女もいなかった、という事だろう。職場の人にも気付かれなかったという事は、休職していたのかも知れない。
前世の名前がイチロウで、死んだ、という事しか覚えていない。
そもそもあんな夢を見たという事は恋愛対象は女とは限らない。
でも、片想いとか、そう言う事で思い悩んでいたような記憶も無い。
――俺は、本当にさみしいヤツだったんだな……。
「リア……」
震える声で名前を呼ばれたリアは、顔を上げた。
魔王が、目を潤ませてこちらを見ていた。
リアは、きょとんとなる。
「どうしたの?」
「だって、リア、悲しそうにしてるから……」
唇を震わせて、魔王が答えた。
――かなしそう?
「お前、やっぱり学校辛いんじゃないか? 無理して行かなくていいんだぞ!」
リアは、驚く。
――やっぱりこの人、俺がいじめられてたこと把握してるんだ。
リアは、リアの記憶すら曖昧で断片的だ。イチロウの記憶が一部蘇った事で、記憶が混乱しているのかも知れない。
リアは、不思議な気分だった。
こそばゆいような、心がほんわかしているような。
――心配されているのが、嬉しいんだ。
まあ、あまりベタつかれるのも嫌だが、と思いながら、リアは、笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、父さん。心配してくれてありがとう」
「リア……っ」
魔王の目から、滝の様に涙が流れる。
「リア―!!!」
魔王は、歓喜の声を上げたかと思うと、リアの目の前に現れて力いっぱい抱き締めた。
「愛してるぞお!! 息子よ!!」
「ごがはぁあっ!?」
魔王の激しい抱擁に、リアはまたしても気を失った。
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