淫売聖女と悪役令嬢

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・転生時に神様の不興を買い、スキルも何もない状態で異世界転生させられてしまった!?  神様の不興を買ってしまった事実は否定できない。自分の何がいけなかったのか? それがどうしても分からない。分かったところで取り返しがつく事柄ではない。あるがままの現実を受け入れるだけだ。しかし、それでも嘆かずにはいられない。転生時に神様の不興を買い、スキルも何もない状態で異世界転生させられてしまったとなれば、それは元の現実世界に再び転生したのと実質的には変わりない。それでも元の状態が高スペックだったら構わないが、異世界転生人間の例に洩れず社会の底辺を蠢くスキルも資格も学歴も職歴も何もない無能力者だったから救いがなかった。ご都合主義の罷り通る小説みたいな異世界ファンタジー空間ではなく、過酷なサバイバルが日夜繰り広げられている某リアリティー番組みたいな弱肉強食の地表を彷徨い歩いているのと何ら変わりがないわけで当然、残虐非道な運命の女神に突然グワッと噛みつかれることになる。  現時点で直面している運命の顎門(あぎと)の主は鋭く長い角と牙と爪と凶暴な顔を持つ紫色の怪物だった。性別は雌である。その紫色をした二つの乳房は大きく膨らんでおり雄の物とは思われない。人によっては、その形状を美乳と褒め称えるかもしれなかった。だが、それはこの際どうでもいい。ああ、実にまったくどうでもいいことだ。  転生時に神様の不興を買い、スキルも何もない状態で異世界転生させられてしまった無能な若者は、唯一の装備品である首に掛けたヘッドホンを耳に当てた。そうすれば自分に向かって吠える怪物の咆哮が聞こえなくなると思ったのだ。その効果は、あまりなかった。  次に周囲を見回した。逃げ道を探したのだ。岩床が所々で露わになった草原に隠れ場所は見当たらない。だが、自分を助けてくれるかもしれない人間は見つかった。水色っぽい色の鎧を着た赤紫色っぽい髪色の女の子が、大きな輪のような刃が二つ付いた刀あるいは槍みたいな武器を持って構えている。  転生時に神様の不興を買い、スキルも何もない状態で異世界転生させられてしまった能無しの青年は、その女の子に助けを求めようとした。彼女の方へ駆け寄ろうと、そちらへ体を向けるのとほぼ同時に、女の子が叫んだ。 「シャイニングフォース・エターナル・ブリザーブドフラワー!」  女の子が大きく振りかぶった武器が振り下ろされる。その先に着いた丸い輪のような刃から光の輪が飛び出した。その光の輪は物凄いスピードで飛んできて、転生時に神様の不興を買い、スキルも何もない状態で異世界転生させられてしまった役立たずの体を切断し、そこで若干速度を緩めたが真っすぐに進み紫色の怪物に突き刺さって消滅した。 ・正真正銘のはずれスキル一つで異世界転生。けどなんとか工夫して成り上がりたい!  どの業界にも身の程知らずはいる。それはファンタジーの法則が支配する異世界においても変わりない。その青年は正真正銘のはずれスキル一つで異世界に転生した。けれど、何とか工夫して成り上がりたい! という野望を抱いていた。そのためには、どうしたらいいのか?  そんなことを考えながら岩石が所々に露出した草原を歩いていると、紫色っぽい肌をした怪物に出くわした。鋭く長い角と牙と爪と凶悪な顔をした見るからに凶暴な化け物だった。性別は雌のようだった。その紫色をした二つの乳房はぷっくりと大きく膨らんでおり雄の物とは思われない。人によっては、その形状を美乳と褒め称えるかもしれなかった。それぐらい見事な形をしていたのだ。実際、正真正銘のはずれスキル一つで異世界に転生したけど何とか工夫して成り上がりたいと夢見る青年は、怪物の乳房を凝視して逃げるのを忘れたくらいである。それは怪物が凄まじい咆哮を上げながら青年に突進してくるまで続いた。恐ろしい吠え声で夢から醒めた青年は、恐怖に全身を震わせながら首に掛けたヘッドホンを両手で持った。それで両耳を塞ぐ。怪物の叫び声の音量は少し低下した。だが、その間に距離が狭まっていたので、その分だけ効果は相殺された。  慌てて逃げようとした彼の前に水色っぽい色の鎧を着た赤紫色っぽい髪色の女の子が立っていた。大きな輪のような刃が二つ付いた刀あるいは槍みたいな武器を持って構えている。  正真正銘のはずれスキル一つで異世界に転生したけど何とか工夫して成り上がりたいと夢見る青年は彼女に助けを求めようとした。  その直前に、女の子が叫んだ。 「シャイニングフォース・エターナル・ブリザーブドフラワー!」  女の子は構えた武器を大きく振りかぶり、振り下ろした。武器の先に着いた丸い輪のような刃から光の輪が飛び出す。その光の輪は物凄いスピードで飛んできて、正真正銘のはずれスキル一つで異世界に転生したけど何とか工夫して成り上がりたいと切望する青年の体を切断し、そこで若干速度を緩めたが真っすぐに突き進み紫色の怪物を両断して消えた。 ・悪役令嬢の母に転生。没落回避のため娘を良い子に育てたいけど、子育てなんてしたことない!  水色っぽい色の鎧を着た赤紫色っぽい髪色の女の子は庭先の芝生の上に、鋭く長い角と牙と爪と凶悪な顔をした紫色の肌の怪物の生首二つをポイっと放り投げた。 「これが依頼された怪物二匹の首。どうぞ、お改め下さいませ」  悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールは、怪物の血の滴る生首一つを取り上げ、その面相をじっと見た。続いて、もう一つの生首を手に取り、横から見たり引っ繰り返したりして、何度も確認した。頷く。 「間違いないわ。どうもありがとう」  そして悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールは傍らに控える侍女二名が両手で持っていた魔法のホワイトボードを指差した。 「書記の精霊ホアウスグスライムヒに命じる! 怪物となった十六人の乙女の名を書き上げよ!」  魔法のホワイトボードの中に封印され年中無休かつ無給で働かされる哀れな書記の精霊ホアウスグスライムヒは悲鳴に近い響きを出しながら字を書き始めた。  聡明な恋人ル・レクチェ・ルアンパバーン  情熱の佳人ニキリッチェロ・アムジピン  青き冥花スダーパ・チェンシャイ  黒の舟歌ゴッチェリ・イマームオ  忘れじの叢クラムラマムラ・チャイダル  狼殺しズキム・リュブスグクス  葬送の魔女フェニリーグルアラ・ゴニン  春は曙キョイン・ローコホウ  夏草の少女イリアス・イラン  秋の黙示録ワルキューレ・バルキリー  ソナタの冬ヨンジューン・ナペナ  彗星の妖精ラハジア・デューク  金の鈎針アールゴルチエ・ドルグ  結婚指南盤マブタイル・タイココ  原人美惹姫プベノドン・シャクイマネールレ  淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバ  そこに名の上がった十六名のうち、上位の十三名までには自動的に斜線が引かれた。それは既に始末された乙女たちだった。悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールは、自ら魔法のペンを握ると、魔法のホワイトボードに線を引いて二人の名を消した。 「結婚指南盤マブタイル・タイココと、原人美惹姫プベノドン・シャクイマネールレは、これで死んだから良しっと。残りは一人か」  悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールの美しい顔に暗い影が差す。残る一人、淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバは強敵だった。だが、この娘を片付けないことには、ド・スタール家の没落は避けられない。  強い不安と焦燥感が悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールを襲う。ドレスの下の豊かな乳房が深い溜め息で波打つ。鋭い痛みを感じ、彼女は手を胸に当てた。脂肪の塊を強く揉む。大きく膨らんだ乳腺の中に巣食う呪いの魔物カッタードワッドグッダムを抑えるためだ。この魔物は機嫌が悪くなると乳腺を癌化させる。それを防ぐため、適度な刺激を与えないといけないのである。  しかし、それがいつまで通用するか、分かったものではない。  早く呪いの魔物カッタードワッドグッダムを解き放たねばなるまい。  だが、そのためには淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバを始末しないといけないのだ。  悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールは強く苦悩しつつ、己の膨らんだ乳房を激しく荒々しく揉み続けた。  そんな事態に、どうしてなってしまったのかというと、それしか手立てがなかったからだ。  悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサ・ド・スタールの母グンダニイルに転生した彼女は、没落回避のため娘を良い子に育てたいと思った。だけれども彼女は、子育てなんてしたことない! 観葉植物は絶対に枯らす。ペットも悲惨な最期を迎える。そんな具合だったから、そもそも生き物全般を育てる能力が欠如している観がある。本人にも、その自覚があった。それじゃ、どうすりゃいいのかって話になる。彼女は娘の悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサ・ド・スタールに、正直に事情を語り、自分はどうしたらいいのかと問うた。  チートなし異世界転生ファンタジー空間に生を享け、その殺伐とした空気を吸って成長してきたクラーレメントール・クリスタルカーサは、呑気な異世界から転生してきた世間知らずの母グンダニイルに修羅の国のルールを教えてやった。 「心優しいお母様、没落を防ぐには、ライバルたちを蹴落とさないといけないの」  その頃このチートなし異世界では、美人と評判の娘が十七人いた。  聡明な恋人ル・レクチェ・ルアンパバーン  情熱の佳人ニキリッチェロ・アムジピン  青き冥花スダーパ・チェンシャイ  黒の舟歌ゴッチェリ・イマームオ  忘れじの叢クラムラマムラ・チャイダル  狼殺しズキム・リュブスグクス  葬送の魔女フェニリーグルアラ・ゴニン  春は曙キョイン・ローコホウ  夏草の少女イリアス・イラン  秋の黙示録ワルキューレ・バルキリー  ソナタの冬ヨンジューン・ナペナ  彗星の妖精ラハジア・デューク  金の鈎針アールゴルチエ・ドルグ  結婚指南盤マブタイル・タイココ  原人美惹姫プベノドン・シャクイマネールレ  淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバ  悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサ・ド・スタールである。  彼女たちは皆プライドが異常に高く、自分こそ最高の美女だと思い込んで互いに足を引っ張り合っていた。その暗闘は凄まじく、姦計を巡らせ自分以外の全員を罠に陥れようとしたり、毒殺その他の手段で殺そうとしたり、なんてことが日常茶飯事だった。並の手段では、それらの邪悪な女ども――悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサ・ド・スタールも、その一人なのだが――を地獄に叩き込むことはできない。 「お母様、呪いを掛けるのです」  ライバルたちに強力な呪いを掛けて、抹殺する。ただし、呪いが強力であればあるほど、その代償は大きなものとなる。 「ねえ、お母様、お願いですわ。私のために、呪いの代償を支払って下さいませ。没落を防ぐため、強力な呪いをあいつらにかけて頂戴よ。お願い」  強力な呪いの対価とは一体、何なのか? 悪役令嬢の母グンダニイル・ド・スタールは怯えた表情で美しき我が娘、悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサに尋ねた。 「等価交換ですわ、お母様。それなりの代償を、お母様には払ってもらいます」  できる限り安い代償で済む呪いがないかと調べ、検討に検討を重ね検討を最大限に加速させ、選んだのが呪いの魔物カッタードワッドグッダムだった。この魔物の掛ける呪いは、呪いを掛ける相手を醜悪な怪物――鋭く長い角と牙と爪と凶悪な顔をした見るからに凶暴な紫色っぽい肌の化け物――に変化させるというものだった。その代償が乳房の中に魔物を住まわせることである。それが癌化のリスクになるのだ。乳癌で死にたくなければ、さっさと乳房の中の居候を追い払うしかない。  悪役令嬢の母グンダニイルは我が子の悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサ以外の十六人に呪いを掛けた。その効き目は確かにあった。十三名の乙女は、その邪悪な本性を剥き出しにして罪深きチートなし異世界の住人どもを数多く殺傷してから殺された。結婚指南盤マブタイル・タイココと原人美惹姫プベノドン・シャクイマネールレはハンターたちを返り討ちにして荒野へ逃れた。だが、悪役令嬢の母グンダニイルが送り込んだ刺客によって殺された。残りは一人。淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバだけだ。  しかし淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバは行方をくらました。何処に身を潜めているのか、誰にも分からない。  目の前にいる依頼人が、どうしてその乳房を揉みしだいているのか?  女性モンスターハンター、水赤紫のライブラリブラは、理由を訊いてみたくて仕方がなかった。だが、余計な質問をしてはならない空気を察し、黙っていた。直視するのも何なので、ド・スタール家の立派な屋敷を眺める。窓に人影が映った。優れたハンターの本能が、自動的に魔法を作動させた。観察対象のデータをスキャンする魔法だ。視界の端に依頼人であるグンダニイル・ド・スタールの姿が入った。両方の乳房に呪いの魔物カッタードワッドグッダムが巣食っている。進行した癌も見つかった。もう手遅れだ。依頼人は、間もなく死ぬ。それから窓辺の人物をスキャンした。その正体は淫売聖女サンマーメン・ビビアンシャドバだった。いつのまにか中身がすり替わっていたのだ。本当の悪役令嬢クラーレメントール・クリスタルカーサは何処にいるのか? それは女性モンスターハンター水赤紫のライブラリブラの知ったことではなかった。成功報酬のボーナスが、いつ支払われるのか? 知りたいのは、それだけだ。
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