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それから街に出て柾冬が行きつけの店を何軒か回り、試着をして歩いた。
「ジャケットが1着あればあとは中のシャツで着回せる」
そう言って柾冬は迷いなく何着かのジャケットと中に着るシャツを綾に手渡す。
言われるままにそれを着て綾が試着室のカーテンを開けると、その姿を見て柾冬は目を細めた。
「可愛い」
「……そうじゃなくて、丈がどうとか、色味がどうとか言ってくれないと……」
「何を着ても、似合う」
試着室付近に誰もいないのをいいことに、柾冬はそればかり繰り返す。
「……もうあんたとは買い物に来ない」
綾がそう言って睨むと途端に柾冬は慌てた。
「素材としてはストレッチが効いている方が着やすいと思うし、光沢があるタイプよりマットな質感の方が落ち着いて見えるんじゃないか」
「ふぅん」
「着心地は?どっちが好み?」
「こっちの方が手触りがいい」
綾は今着ているダークグレーのジャケットに触れながら言った。
「中の白いシャツは、細かいストライプが入ったものとかでもいいと思う。立体感があって」
「うん」
その気になれば服屋の店員のように的確なアドバイスができる柾冬に綾は感心した。
結局ダークグレーのジャケットと、色違いのシャツ2着、黒い細身のパンツを買って買い物は終了した。
「ジャケットなんて初めて買った」
「すごく似合ってた。ジャケットが1着あれば今後も深雪くんのお店に行く時なんかに重宝するだろう」
「あんたのスーツ姿には叶わないけどね」
綾の言葉を聞いて柾冬は目を丸くした。
「すごく様になってるよね。周りが放っておかないでしょ。特に女性たちは」
何度か柾冬のスーツ姿を見ている綾からの賛辞に柾冬は嬉しそうな顔をした。
「お褒めの言葉をありがとう。さて、この後どうする?お茶でも飲むか?」
「人混み疲れた……試着も。あんたの部屋に帰りたい」
予想どおりの答えを聞いて柾冬はすぐにタクシーを拾い、ふたりはそのまま帰路に着いた。
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