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逆にひとりでいる期間が長かった分、柾冬はこれまではいかに恋人といえど、自分のパーソナルスペースを侵されることや、生活リズムを乱されるのが嫌で、今まで誰かと同棲をしようと思ったことは1度もなかった。
綾だけは例外だ。
いっ時も離れたくないし、離したくない。
朝も昼も夜も、彼を抱きしめていたいと思うし、何度でもキスしたい。
毎日見ていても飽きないし、毎日見ているのに見惚れてしまう。
「まるで嫁に甘々メロメロの新婚夫みたいだな」
稲見はそう言って呆れながらも少し羨ましがっている節がある。
「おまえも深雪くんと一緒に暮らしたらどうだ?」
柾冬が何気なくそう言うと、稲見は悲しそうな顔で一言呟いた。
「以前断られてる」
意外な答えに柾冬は目を丸くする。
「理由は?」
「バカになっちゃうからだって」
「バカ?」
「同棲なんかしたら毎日毎日飽きもせずに抱き合って、四六時中俺のことばっかり考えて、料理の仕事なんかどうでもよくなっちまうから、ダメだって」
いかにも深雪が言いそうなことだ。
「可愛い理由だな」
「そうだよ、可愛いんだ。俺だって深雪と毎日一緒にいたい。おまえが羨ましいよ、門倉」
ーーバカになる、か。
自分はどうなんだろう。
キッチンに立ち、手際良く料理の準備をしながら柾冬は考える。
ーーすでに手遅れだったりして。
まぁ、バカになっていたとしてもふたり一緒ならそれもいいと思った。
新婚とか同棲したてなんてきっとどこも似たようなものだろう。
むしろ今バカにならないでいつなるんだ。
綾がどう思っているかはまた別の話だが。
柾冬はキッチンからソファで眠る恋人を見つめながら目を細めた。
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