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引っ越しのトラックが出発する時間が近づいて来た。
「私、ロフトベッドは、白いのがいいわ」
「えー、俺は何色でもいいよ。それよかオーディオの良いのが欲しいな」
「近くにすっごく評判の良い塾があるのよ。あんた達はしっかり勉強してね!」
「え?ああ、うん。それよかさあ、美味しそうなケーキ屋さんがあったよね!」
「新しいシステムキッチンなんだから、ケーキはママが焼いてあげるわよ」
「失敗しないでね!」
「うわ~、このソファ素敵ね!」
母親と子ども達は家具のカタログなどをめくりながら、はしゃいでいた。
さあ、いよいよ出発だ。
忘れ物はないか?
一家の主は、これまで暮らした団地の部屋に向かって深々と一礼し、パンパンと手を打っていた。
その背中に向かって引っ越し業者の男が声を掛けた。
「ご主人、えらい大荷物しょってはりますなあ。それもトラックに積みましょか?」
その問いに、40代後半とおぼしき主が答えて言った。
「ああ、これは俺が背負っていくしかないんだ」
「大丈夫でっか?ちょっと疲れてはるみたいやし、その荷物ごっつ重そうやけど」
「あ、ああ・・・」
「いったい何が入ってますねん?」
主は溜息をひとつついて言った。
「重荷」
(おしまい)
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