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「儂はあの御方の言葉を覚えておった。洞窟の入り口に呪符が貼り付けられるようなことがあれば、出来るだけ遠くに逃げよ、と。儂は母を説得してな、引っ越しをするために荷物をまとめ始めた」
「そんなことをしたら村の人に変に思われない?」
「勿論、密かに逃げる準備をしたのだ」
「……で、洞窟に呪符を貼ったら、何が起きたの?」
勇者たちはたった一日でゴブリンどもを洞窟内に追いやり、封筒ごと呪符を入口に貼り付けた。そして、その効果を見るべく、洞窟の入口が遥かに見える位置まで下がって様子を窺っていたらしい。
そのうち、1人また1人と洞窟からゴブリンどもが現れて、呪符の前に来た。やがて洞窟内にいたと思われるゴブリンどもが総出で入口周囲にごった返すように集まり、何やらザワザワと談義のようなことを始めたそうだ。
「なにそれ。なんか……蜜蜂みたい」
「そうだな。後から思えば、そうだったのだ」
「で? それから?」
「……その後のことは、大分後になってから伝え聞いただけなのだが」
それから、ゴブリンどもは姿を消した。どこかへ移動したようだ。洞窟の中はきれいさっぱりもぬけの殻になった。勇者たちパーティーは洞窟奥に隠されていた宝を見つけて村に戻ってきたらしい。村人たちは、宝を運び出すべく勇んで洞窟へ馳せ参じたそうだ。
そして、もうこれはお役御免と呪符の入った封筒を剥がし、中身を取り出した。
「勇者たちパーティーには魔導師もいたのだがな、兎に角新米で経験がない上、古い呪符故に意味するところを理解できていなかったらしい。恐ろしいことだ」
「その呪符は……一体何だったの?」
「ドラゴン召喚魔法だったのだよ。封筒から取り出したら、呪文が発動するようになっておった。ゴブリンどもには、『何かあったらこれを発動するぞ』という脅しになっておっただけなのだ。それがいよいよ洞窟の入り口に貼り付けられて、ゴブリンどもは洞窟を明け渡した……」
「ってことは……」
「今は、その洞窟はエルダードラゴンの住処になっておる」
「村は……」
「一夜で壊滅した」
ボクは目をパチクリさせてお爺ちゃんを見た。
お爺ちゃんはすました顔でお茶を一口飲んだ。
「村を出た儂は、母と共に城下へ移り、あの御方に再会した」
「あの……御方?」
首を傾げるボクに、ニッコリと微笑むお爺ちゃん。
「イチイの杖の持ち主。この国の……先代の大魔導師殿よ」
「えー? お爺ちゃんのお師匠様?」
「知らぬということは時として罪深い。儂は樵を生業としていた父から学んで杖の材を、その意味するところを知っておったので難を逃れたのだ。知識は、知恵は身を助ける」
「うー……」
ボクは口を尖らせて目の前のカップに視線を落とした。
お爺ちゃんの優しい声色が、有無を言わせない呪文を紡いだ。
「それを飲み終えたら……行くがよい」
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