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チーズがのびても、絡めて食べる
「本気。」
テーブル越しにいた筈の基一が、温子の隣の席に静かに座った。
驚いて身体が引けてる温子に身体を向け、椅子に腰掛ける。
「チ...チーズで、頭やられました?」
「そうかもな。」
ニヤリと笑う基一。しかし目が、何時もと違った。
何やら企んでいるような、強気な目付きだ。
何かを狙われている。
温子はそう思った。
いや、狙われているのは、基一の言葉を本気に取るならば、婚姻関係だ。
「今日俺が、さけるチーズを山ほど買ってきたの、何でだか分かるか?」
基一の発言の意図が分からず、温子は頭を捻る。
「私が頼んだからでしょう?」
「もちろんそうだけどさ。」
温子の様子を見て、基一は楽しそうに笑う。
「さけるチーズ山ほど買って、余ったらまた、今度は夜にでも酒飲みに来ようかと思ってさ。」
「...はぁ。ってか、勝手に私の予定を決めないで下さい。」
温子はいつもの調子を取り戻し、基一に言い返す。
「まぁ、聞けって。」
そう言いながら、基一は温子の手を握った。
温子はビックリして、思わず手を引こうとしたが、力の差がありビクともしなかった。
「...あ、あの...部長?...何で...手...」
「お前のプライベートの時間にどんどん入っていって、何ならパーソナルスペースにもグイグイ入ってやろうかと思ってな。」
そう言って、基一は温子の手を力強く引っ張った。
その勢いに負け、温子の身体は基一の腕の中に収まる。
そして基一は、温子の身体を反転させ、足を開いた自分の太ももに座らせた。
腰を支えるようにして、基一の上に座った温子は、顔を真っ赤にして焦り出す。
「ちょっ...何でこんな事態に!?」
「...嫌か?」
悪ふざけでは無い口調に、温子は言葉を発する事を止めた。
そして言われた事を、反射的に考える。
基一の膝に座り、腰を抱かれた状態。
これが嫌かと言われたら、嫌では無い。
しかし基一と温子は、単なる上司と部下だ。
でも基一は、その状態から一歩進もうとしているのだ。
いや、プロポーズが本気なら、一歩どころの話では無い。
「...嫌...じゃない...けど...」
「まぁ、考えてみろよ。お前の性格上、よっぽど気を許した相手以外、異性相手に頻繁に食事なんか行かないだろ?」
基一は話を続ける。
言われて、温子は頷く。
「更に、プライベート空間にその相手を入れる。もう一丁言えば、これだけ近くに居て、嫌じゃないって言えるなら...」
基一が、サイドに下がった温子の髪に触れる。
やはり、温子は嫌とは思わなかった。
「結婚して良いじゃん」
「良くない!!」
基一の極論に、温子は反射的に答える。
いくらなんでも、それは違うだろう。
「どのみち、俺はお前が俺に堕ちるまで、グイグイいくよ?そろそろ良いかと思ったし。」
何が良いのか、温子にはちっとも理解出来ないが、基一は続ける。
「そろそろ、お前をたっぷり可愛がりたいと思ってたんだよな。そしたらお前が自宅に来いって誘うし、来たら新妻感たっぷりだし...」
「...に、...新妻!?」
意図した覚えも無い事を言われ、温子は焦り出す。
「何かさ、嫁にしたいなぁって思ったんだよ。」
そう言う基一は、やたら嬉しそうな笑顔を見せる。
その笑顔は、温子の警戒心を溶かす。
基一の笑顔を可愛いと思った。
そしてその笑顔をさせているのは、温子だ。
そう思うと、どんどん胸が高鳴った。
そんな温子の様子を見ながら、基一はテーブルにあった、さけるチーズの輪切りソテーを手にする。
「ほら、あーん」
基一が、温子の口元にさけるチーズを持ってくる。
差し出され、温子はどうするのが正解かも分からずに、とりあえず小さく口を開け齧る。
するとさけるチーズは、小さく糸を引いてのびた。
その残りのチーズを、基一は口にした。
糸を引いたさけるチーズが、基一の舌に絡み取られ、切れた。
「どうせ、今食ったチーズみたいに絡めとって口説き落とす。なら、後からしても、さっさとプロポーズしても、大した差は無い。誤差だ。」
チーズをモグモグと食べながら、基一は言う。
そんなもんかな?と温子は流されそうになり、ハッと気付く。
「いや、誤差じゃない。普通、手順ってモノがあるでしょ。」
「あ、手順踏んで欲しいって思うんだ?」
相変わらず、基一が楽しそうだ。
と言うか、普通、プロポーズの前に付き合うし、その前に気持ちを通い合わせる。
そして気持ちを通い合わせるには、口説くだろう?と温子は考えた。
だから基一に言う。
「普通、口説いて、告白が最初でしょ?」
「なるほど?...じゃあ、俺が情熱的な口説き文句を考える。」
ちょっと待ってろと言い、ウーンと、基一は考える。
そして口を開いた。
「お前が料理したさけるチーズは、熱を通したらこんなにものびるくらい蕩けただろ?」
またしても、基一の言葉はとらえどころのないことを言う。
「...はぁ...」
「だからお前も、俺に可愛がられて愛されろ。俺の愛で溶かしてやるから」
ニヤリと笑う基一に、温子は顔を真っ赤にした。
そして叫んだ。
「...くっさっ!!!!」
その温子の言葉に、基一は大笑いする。
「お前と話してると、楽しくて時間があっという間に経つよ。それでいて、お前の傍は居心地が良い。...お前を好きな理由は、それじゃダメか?」
笑いが少し治まると、基一は楽しそうに話した。
「お前だって、俺の腕の中にいて嫌じゃないのなら、少なくとも俺に好意はあるだろう?」
基一の言葉に、温子は確かにと納得する。
言い合いをしながら、それでも温子は自ら離れようとは思わずに、今もそのままでいる。
「付き合おうぜ?それで、一年後に結婚式だ。」
何とも納得出来ない気がするが、基一が言う言葉の一部は『そうかも』と思わせる部分もあるのだ。
「割けそうで割けない、ケンカップル夫婦しようぜ?たぶんお前と俺なら、すっげー楽しく夫婦出来るよ。」
「そう...かな...?」
段々争点すら分からなくなってきて、温子は、頭を捻りながらも返事をする。
そんな温子を。基一はギュッと抱き締めた。
「納得しとけ。どうせお前はオレの嫁になるから。...誤差だって。」
抱き締められて、温子は、口説かれるってこんな感じだっけ?と考える。
しかし基一相手だと、こんなモンなのかもしれないと考えた。
そして抱き締められた事も、やはり嫌じゃないのだ。
なら、基一の言葉も嘘じゃないのかもしれない。
「好きだよ、温子。観念して、俺のモンになれ。」
そして段々と、温子は絆されていく自分を自覚する。
「はい...。まぁ...、私の作ったさけるチーズ料理で、私に落とされた彼氏の基一さん、って事で良いんですかね?」
温子の言葉に、基一はニヤリと笑う。
「まぁ...今日の所はそれで妥協してやるよ。確かに料理は、お前が言うように『ギャフン』と言わされたよ」
結局、基一と温子は、ロマンチックなやり取りにならない。
でも、自分達にはコレがピッタリなのかもしれない。
それに、基一からの『ギャフン』宣言も貰った事だし。
そう思うと、温子は笑った。
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