2人が本棚に入れています
本棚に追加
ひと月後の休日。
うきうきした声の母に呼び出され、みかるは部屋から出てきた。居間のテーブルに座る父は同じく上機嫌で話をはじめた。
「こんど、南の街に家を建てることにしたから」「えっ?」
不思議と、それ以上の感想は浮かばなかった。この北の町に、自分がそれほどアイチャクを感じているわけじゃないのだと、みかるははじめて気づいた。ただ、こんなに大きな話が自分の知らないところで勝手に決められていたのには、少しだけむっとした。アイチャクはないにしても、みかるにも一応この町での生活がある。その生活の中からみかるをちぎりとることに少しも恐縮していない両親に、もやっとした。
「引っ越すってことだよね?」
「そりゃそうだよ」
「もう住むとこ、決めてるわけ?」
「それはこれから、ね」
「転勤すんの?」
「まさか、しないよ。ママは新しいパート、探すだろうけど」
母がうなずく。
「でもまあ、問題があるとしたら――」
そう言いかけた父に、そのとき、母はさっと視線を送ってやめさせた。おおかた、祖父母の許しを得られないとか、そんな話だろうと思うけれど。
みかるは息をつく。
両親が町の外にあこがれているのには、気づいていた。両親とも町の生まれ。父はいま、県中心部の飲料メーカーにバスで通勤しているけれど、住んでいるのはずっとこの町。結婚してから中古のこの家を買って、十年と少しが経った。
この町の人たちは、たいていそんな感じ。
なのに、引っ越しなんて。
それも、川を越えたずっと先の、そんなに遠くの街だなんて。
最初のコメントを投稿しよう!