その川を越えたずっと遠く

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 休日のたびに南の街へ出向いては、両親は家を建てる夢を少しずつかたちにしていた。  モデルハウスを見学し、業者と打ち合わせを重ね、土地を選定し、ほんとうに建築がはじまった。彼らにこれほど行動力があるとは思わなかった。何度かみかるも街に連れていってもらい、実際に家がつくられはじめるのを見た。  翌年の秋には、みかるは町を出ることになる。  現実感は、少しもわかない。  その年の暮れのこと。  凍えるようなその晩、家のインターホンがせわしなく鳴り、眠りかけていたみかるはぱちりと目を覚ました。寝室から出てきた母が応答し、ドアが開く音がした。 「ああ光岡さん、夜分遅くにごめんなさい」  訪ねてきたのは、近所の奥さんのようだ。 「じつはさっき……」  話によれば、みかるもうっすらと顔を知っている青年が、先日帰省してきたかと思えば、ほんのさっき川におぼれて亡くなったという。  みかるの心は、ざっと暗くなった。  かわいそうにね……、せっかくあんなに立派で、向こうでもがんばってたのに……、大げさに悼みあう母と奥さんの声が、神経をひりつかせてくる。みかるは毛布をかぶり、不幸なその人に思いをめぐらした。  そして、思い出した。  たしか二年くらい前にも、帰省してきた町出身の大学生が、川におぼれて亡くなったのだ。そう、さらに何年か前にも、そのまた何年か前にも……  たまたまだろう。川でおぼれるなんて、しょっちゅう全国のニュースで聞く話。  もっと考えたいのに、急に眠くなってきて、がっくりと沈むように眠りについた。 「呪いだよ! 川の女神を裏切って若い男が町を出ていくと、殺されるんだ!」  新年が明けて学校に行けば、クラスはその話題でもちきりだった。 「みかる、やばいじゃん。引っ越すんだろ? 死んじゃうじゃん」  級友が満面に好奇心をたたえながら言ってきて、みかるは苦笑する。呪いなんて、あほらしい。漫画やドラマじゃあるまいし、そんなの現実にあるわけないだろ。  ……と思ってはみるものの、不安がないと言ったらうそになる。いや、だいじょうぶだ。パパはもうおっさんだしおれはまだガキだし、だからきっと呪いの対象外。  そう自分に言い聞かせ、級友との談笑にもどるのだった。  いくつかの季節がめぐった。  みかるは四年生になり、やがて南の街に新しい家が完成した。  小さなみかるにとって、それはまるでお城のように思えた。
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