その川を越えたずっと遠く

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「北乃町から来ました、光岡みかるです。とくに特徴はない人なんですけど……空気みたいに、みんなのじゃまにならず存在することができます! よろしくお願いします!」  すべったかな? おそるおそる顔をあげると、街のみんながわっと笑う声がした。  新しい学校は、楽しかった。  南の街の子たちは、みかるが知らなかったようなスタイルで話した。すべての発言にはかならずストーリーとオチがあり、ほかの人を楽しませるために紡がれていた。そんな語り口を、みかるは魔法使いでも眺めるみたいな気持ちで見ていた。そのうち、みかる自身もそんなふうに話すようになった。みかるを含め、放課後はみな習いごとで忙しく、遊ぶ時間は確保できなかったが、そのぶん教室でのやりとりは濃密だった。  みかるは、はじめて知った。女の子たちと好きだよと言い合ったり、甘やかな未来を約束しあうことだけが、日常会話なのではないのだと。そんなことをしなくたって、友達との会話は、じゅうぶんに間を持たせることができるのだと。  いまはもう、みかるのことを好きな女の子なんてひとりもいない。  けれど、そんなのはもう、いらなかった。みかるがただ生きているだけで恋をささやいてくれる美しい女の子たちなんかより、この街の洗練された秩序のほうが、よほど強くみかるを魅了した。  北の町のことを、みかるは忘れはじめていた。  彼女たちのことが心をよぎるたび、嫌悪すら覚えるようになっていた。ある日帰宅し、ポストに入っていた咲希ちゃんからの手紙。鼻で笑った。手紙なんて。平安時代じゃないんだから。  ひと月も経てば、少しも思い出さなくなっていた。  南の街は、なにもかもが輝いて、すべての瞬間が楽しかった。  楽しすぎて、明日にでも泡になって消えてしまうんじゃないかと不安になるくらい、美しかった。  ……はずだった、のに。  いつからだろう。  ある影が、忍び寄ってきはじめたのは。
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