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「みかる……いま、なにした?」
そう尋ねる父に身体を支えられ、母が、がくがくふるえながら立っている。驚くのはその顔で、全体が薄いあおみどりのような、あるいは琥珀のような色になっている。直視するのもためらわれるほど痛ましい。
「スマホさわっただけだけど……どうしたの」
両親はなにか話し合い、そして母が弱々しくこちらを向いた。
「試しに、もう一回さわってみて」
戸惑いつつも、みかるはスマホを手に取る。しばらく、これといって異変はなかった。しかし、みかるが動画アプリを開き、アズンバの動画を再生したとたん、母がまた奇声をあげた。そのあおみどりの口や鼻やまぶたのふちから、乳白色やあおみどりの宝石のようなものがぞろりと出てきて、ぼたぼた床に落ちた。
「わあ!」
三人はパニックになった。
「いまなんの操作をした?」
「動画、開いた……」
「その動画ってもしかして、カワウソが映ってる?」
母に言われて、動画チャンネルの画像を見た。アズンバの姿形がたしかに、カワウソを模しているのに気づいた。
「うん……そう」
母がずるりとへたり込む。すごく血圧が下がってきた感じがする、と言う。救急車呼ぼうよ、とみかるが言うと、ふたりともざっと顔をこちらに向けた。こんなの相手にしてもらえるわけないでしょ、そう母はわめいた。
なおも母にせがまれ、いろいろと操作してみたが、やはりアズンバの動画だけが母から宝石じみたものを吹き出させるようだった。庭に出て試してみても、同じ。ただ、父が動画を見てもなにも起こらなかったが、父が動画の内容をみかるたちに語り聞かせようとすると、やはり宝石は吹き出した。
「呪いなのよ……」
両親の寝室に移動すると、母は細かくふるえながら言った。みかるは鼻で笑いかけたが、彼女は真剣だった。
「わたしが生まれたとき、託宣が下ったの。この娘が男児を生み、彼に川の女神を裏切らせるとき、五匹のカワウソがかならずや連れもどしにくるだろうって……」
ばかじゃねーのと言いたくなったが、目の前の母の顔色は、どうしようもなくあおみどりだ。
「……わかったよ」
みかるは小さく言った
「動画、見ないから。スマホ自体、使わないようにする。それならへいきでしょ?」
母が複雑な目で見てくる。あおみどりの色は、少しずつ引きはじめている。
「ごめんね……学校で動画の話とかしたいよね?」
「そんなのどうでもいいって。こっちこそごめん。なにも知らないで見ようとしちゃって。とにかくもう、休んで」
母はこくこくうなずいた。その顔が白さを取り戻したのを確認してから、その部屋を出た。
あちこちにちらばる宝石をつまみあげると、色ガラスのかけらだった。すべて拾い集めてよく洗い、拭いてから自室の窓枠にならべる。
なんだよこれ。なんなんだ。
心配と心痛と恐れと呆れとで、すっかり疲れていた。ベッドにばさりと横になり、考えをふりはらうよう激しく寝返りをうち、ぎゅっと目をつむった。
翌朝、やっぱりクラスのみんなはアズンバの話をしたし、みかるは白目をむきながら、知ったかぶりをしてやり過ごした。
その日をやり過ごしても翌日があったし、一週間後があったし、一ヶ月後があった。このままうそをつき続けたら、おれはどうなってしまうんだろう。そう思いながらも、おびただしいうそを重ねることはやめられなかった。
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