その川を越えたずっと遠く

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 その日、咲希ちゃんとみかるは河原にいた。午後の光をいっぱいにまといながら、町と世界とを区切る川は、止まることなくゆったりと流れていた。 「咲希ね、中学でいじめられてるんだ」  石を足元でぐしゃりといわせながら、彼女は言った。みかるはちょっと笑った。冗談だと思ったから。 「咲希ちゃんは美人だから、いじめられないよ」  咲希ちゃんはゆるゆると首を横に振る。 「みかるくんは小三だからわかんないかもしれないけど、咲希、そこそこ頭悪いんだよ?」  みかるは反応に困った。冗談なのかほんとうなのか、判断できない。 「ねえ、みかるくん。咲希の人生、終わってるよね?」 「咲希ちゃんは美人だから、だいじょうぶだよ」 「それしか言えないの!?」  荒げられた声に、ぴくりとなる。 「だって……ほんとに……そう思うから」 「その言い方、失礼だとおもわない!?」  咲希ちゃんがすらりとした脚を振るい、周囲の石の群れを軽く蹴る。石が跳ね、みかるは後ずさった。放り出してあったリュックを拾い、彼女はさっさと引き上げはじめる。 「待って……」  みかるはただ、立ち尽くしている。川に結びつけられたように、身動きがとれない。 「ごめんって……」  声が風にかき消される。いまにも、川が腕をのばして自分を飲み込んでくるんじゃないかと想像して、こわくなる。  ひとりぼっちだ――と思ったそのとき、とつぜん彼女は振り返った。晴れやかな笑みを浮かべたかと思えば、駆けもどってくる。中学に入ったばかりの五月なのに、完璧に板についている制服のスカートが、弱い風にはためいた。 「うそ! こんなことで怒らないよ~」  みかるは胸に手を当て、大きく息を吐いた。 「……みかるくん、咲希のこと好き?」  みかるは下を向いて、こくんとうなずき返す。 「そっか、咲希も好き!」  彼女はリュックを落としてしゃがみ、白くひからびた河原の石に触れた。がしゃがしゃとかき回し、中からひとつをつまみ出し、みかるに差し出す。 「みかるくんがいるから、咲希は生きていけるんだよ。だから、どこにも行かないで?」  みかるは石を受け取る。藍に近いようなグレーの、つるつるした石だ。卵みたいなかたちをしている。 「うん……行かないよ」 「ほんとに? よかった!」  咲希ちゃんはスニーカーと靴下をするりと脱いで駆け出し、はだしを川面にひたした。さっと横に払われた足の先から、午後の陽を映した水の輝きが跳ねあがるのを、みかるはまぶしく見つめていた。
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