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学校からまっすぐにグランドに来たのだろう。マネージャー五識さんと、少し談笑している陽依呂が視界に入った。ランドセルを五識さんに預け、準備体操をしてグラウンドへ入って来た。
膝故障で復帰途中の木尾が何かを言って、陽依呂とゆっくり走り始めた。
俺は陽依呂の兄。家の事情で施設で暮らしていたけれど、俺が大学に入学することが出来たと同時に、兄弟揃って駅伝競技部の監督夫妻が住み込みしている寮に住める事になった。
とても優しい奥さんで、面倒をよく見て下さっている。監督も寮では優しく陽依呂の事を気にかけてくれる。
俺の入った大学の駅伝競技部は、はっきり言って弱いチームだ。でも駅伝への愛情が強い学生ばかりで、ホッとできるチームでもある。
木尾と陽依呂がゆっくり走っている。木尾はもう、次の大会にエントリーはされない。けれど、決して諦めていない。俺らのサポートにまわったり、逆に俺らが木尾の練習メニューをチェックして、無理させないようにしている。
練習を終えて寮に帰る。少し早めに切り上げていたメンバーと合流。
「陽依呂君、お帰りなさい」
部員が声をかけてくれる。
「ただいま。練習お疲れ様でした」
晩御飯は皆でが寮のルール。陽依呂は、マネージャーたちと晩御飯。学校の話しをしたり、ゲームの話しをしているのが聞こえてくる。
陽依呂は小学5年生11歳。兄の俺との年齢差は8歳。しっかり者で面倒見が良いと担任から言われたと、母親代理の寮母さんは褒めてくれていた。
最近の陽依呂の関心事は、町内の別の小学5年生の菱原伽星ちゃんが、行方不明になっている事件。伽星ちゃんは、俺ら兄弟にのいた施設で暮らしている子。
母親が再婚するとかで、いきなり施設にやって来て、伽星ちゃんを引き取りたいと言ったらしい。それを知った伽星ちゃんは施設からいなくなった。
「伽星ちゃんが、不満や悪口言うの聞いた事なかったの。でも僕とゲームしていたら、急に言ったんだよ」
「伽星ちゃん何て? 」
一瞬、黙ってしまった陽依呂が、2人だけの内緒の話しだから、教えてくれないのかと思った。でも、僕のベッドへ来て言った。
「もう、引越すの嫌って。施設に来たのが小学3年生で、それまでアパートや家が何回も変わったからって。陽依呂君、もし私がママから上手く逃げられたら、陽依呂君に逢いに行くねって。でも来ないね」
って事は、この大学に来る可能性が十分にある。もう行方不明になって5日。いったい何処にいるのだろう。
「陽依呂、心配だと思うけど睡眠不足は生活に影響が出るから。大丈夫、公開したからきっと見つかる。元気に陽依呂に逢いに来るよ」
「・・・うん、そうだね。無事で何処かにいてくれるよね。おやすみなさい」
翌朝、陽依呂はいつも通りに学校へ登校。大学で講義中、スマホのバイブ音がバッグの中から聞こえてきた。メールの受信音だ。夕方16時過ぎ。
無事に菱原伽星ちゃん発見し保護。お手柄の陽依呂君と警察へ。心配しないで』
寮母さんからのメール。陽依呂がお手柄? いったいどういう事? 頭の中の混乱を、講義に集中することで鎮めようとしていた。
木尾と寮の入り口で会った。
「陽依呂君、名前の通りヒーローだ。思い出したらしいんだ。いつか一緒に行こうって言われた家から飛び出して来たところを助けたって。もうすぐ帰るから練習していてって」
いや、だからって。講義は何とかクリアしたけれど、タイムが重要の練習に影響が出てしまうのは必至だろう。
でも、じっとしていられない。俺は走りながら寮母さんと陽依呂を待った。
トラック内の芝生で休んでいると、マネージャーの五識さんが手を振って俺を呼ぶ。
「陽依呂君が帰って来たよー」
五識さん、寮母さんと一緒に手を振っている陽依呂。俺は駆け寄って抱きしめる。
「木尾が教えてくれたよ。良かった無事で。無事でよかった」
みんなに声をかけられて、緊張の糸がプツンと切れたのか泣き出した。俺に抱きしめられたまま泣き続けた。
良かった。陽依呂も伽星ちゃんも無事で本当に良かった。
「兄ちゃん、伽星ちゃんはね1人になれる部屋が欲しいって言ってた。いつか一緒に行こうと言っていた場所があったの思い出して」
その場所は、寮生活を送る前にいた施設の裏側にある古びた家だという。
それから数日して、練習を午前中に切り上げて、俺と陽依呂はその家を訪ねた。
「ここね、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいて、いつでもおいでって言ってくれたって。伽星ちゃんが部屋を使って良いって言われて来ていたらしくて。いつか一緒にって言われたんだ」
陽依呂は伽星ちゃんに聞いていたのか、汚れたドアを開けて入ろうとした。しかし2人とも動けず。誰かがものすごい力を使って阻んでいる感じ。
「何で? 何で兄ちゃん動けないの」
視線を感じた俺は2階を見上げた。すると年配の男女が目を光らせて睨んでいた。男は緑色で女は黄色。
驚いたのはその2人の身体だ。服が透けていて骨だけだ。肉がない服を着た骸骨。
「何だあれ」
陽依呂がガタガタと震えだす。俺は背後に陽依呂を隠す。
「あの子は何処だ。あの子が欲しい」
「伽星ちゃんをどうする気だった」
いまだ両眼を光らせ、ゆらゆらと身体を揺らしながら睨み続けている。
「私たちの後継者になるんだよ。ここから絶対に引越さない。あの子も引越しが大嫌いだって。だから孫にしようと思ったのに」
年配の女が言う。
「違う。引越しは嫌いでも、おじいちゃんとおばあちゃんの孫じゃない。僕の大切な親友だよ」
「あの子もねえ、私らの本来の姿を見て、怖くて逃げちまったよ。ったく、せっかく1人部屋あげるから引越しておいでって言ったのに」
2人で立ち尽くしていたら、誰が呼んだのか何処かのお寺の住職や作業服の人たちが来た。ようやく動けるようになって、住職の読経を耳にしながら状況を説明した。
何年か前にこの家は老夫婦と孫が住んでいて、立ち退きトラブルを起こした。その孫が伽星ちゃんと陽依呂と同年代だったという。
引越ししたくない気持ちは理解出来なくはないけれど、周囲や関係ない人を巻き込まないでほしいと思った。いったいあの家はどうなるのだろうか。
(了)
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