手紙

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社会人5年目の私は転職のため過保護な父親の反対を押し切り地元を離れ東京23区内に就職。そんな私は父親からある条件を出され私はそれを受け入れ上京した。 ちなみにその条件とは…。 『週に1度は電話で話す』 まあ…月に1度は帰省するなんて条件つけられるよりはマシだから…それで良いかな。飛行機の距離を毎月帰省は面倒くさいし。 母親は娘の遠方での一人暮らしが心配だけど父親ほど過保護ではないから、父親の出した条件に半分呆れている…。いい加減娘離れしておくれお父さん。 住宅街にあるわりとこぢんまりしたマンションに引っ越し。業者が荷物を全て運び入れた段ボールだらけの部屋。このマンションは一人暮らしには少しゆとりのある広さで同じ階には何組かの夫婦が入居しているそうだ(大家さん情報) 父親に『女性の一人暮らしとわかるとよくないから引っ越しの挨拶はするな!』と言われているのでお隣さんへの引っ越しの挨拶はするかどうか迷っていたが…少しずつ進めていた片付けを終え散策がてら近所のスーパーで買いだし。帰宅してすぐにインターホンが鳴った。 『?』心当たりがなかったがお隣の人だとわかり玄関ドアを開けた。 ドアを開けるとそこには30代位の男性と女性。手には何か持っている。男性の話しだと近々奥様が出産予定で子供が産まれると泣き声で迷惑かけるかもしれないと挨拶に来てくれたそうだ。 確かに奥様はお腹がふっくらとしている。 …それにしても…こちらの(引っ越しの)挨拶もまだなのに…。 男性から菓子折を受け取ると引っ越しの挨拶がまだなのを謝罪し『わざわざありがとうございます』とお礼を伝えると、男性は『もし泣き声がうるさかったら言ってください』と。赤ちゃんは泣くのが仕事なのに。 翌月お隣さんに家族が増えた。 このマンションは造りがしっかりしているのかあまり赤ちゃんの泣き声が気になった事はない。夜中に耳を澄ますと微かに赤ちゃんの泣き声が聞こえる程度。 残業で帰宅が夜遅くになる日が続きマンションの廊下でお隣さんに遭遇する事があった。その時は旦那さんは喫煙中。赤ちゃんいたら部屋で吸えないよね。旦那さんが赤ちゃんの泣き声を気にしていたが私は「特に気になった事はない」と伝えると安心したようだ。ちなみに旦那さんは煙草の本数を減らしてはいるが『禁煙外来』行きは迷っているそう。 赤ちゃんが大きくなり廊下をよちよち歩きする事があり私は子供の成長って早いな…かわいいなと勝手に和み仕事の疲れが癒やされるのを感じた。 実家に電話した際母親にお隣さんの話しをして、自分の父親がどんな感じだったか聞いたら「子供の面倒をよくみて離乳食を食べさせるのはお父さんの役目だったのよ」と。子煩悩な父親だと思っていたが離乳食の件は記憶になかった。 そう言えば実家暮らしだった時テレビ局でタレントが『イクメン』ともてはやされていたら「自分の子供の面倒をみるのは当たり前だ」とテレビに向かって怒っていたのを思い出し、近くにいたら知ることのなかった父親の愛情を感じ涙が出た。 年度末で残業して近所のスーパーで惣菜を買って帰宅。廊下でお隣の旦那さんに遭遇。またもや喫煙中。外は寒いのに半纏を羽織り煙草を吸う姿は少しシュールだ。私は旦那さんと少し世間話をして娘さんの名前を聞いたら「彩りのある海と書いて『あやみ』です」と教えてくれた。 あやみちゃん…かわいらしくてぴったりだな。 私は廊下で彩海ちゃんと遭遇すると声をかけ彩海ちゃんも「おねえちゃん」と呼んでくれるようになった。 上京してから2年後私も恋人が出来て彼との将来を少しだけ考えるようになったある日。お隣さんが仕事の関係で引っ越しする事を聞かされた。 かなり慌ただしいスケジュールらしく私は私で叔父の葬儀のため帰省していたので最後の挨拶は出来ないままお隣さんは引っ越していった。 さみしいな…。 実家から戻りお隣に誰もいない廊下から子供の声がしない静かな部屋で私はぼーっとしていた。 (だめだ…ご飯は食べなきゃ) さみしかろうが何だろうが腹は減る。 スーパーに食料を買いに行こうと玄関で靴を履くとドアポストに何かが入っているのに気がついた。 ドアポストを開くとかわいらしい水色の封筒。付箋が貼り付けてあり『娘がどうしてもおねえちゃんに渡したい』ので受け取って欲しいとお隣さんからのメッセージが書いてあった。 私は買い物を後まわしにして慎重に封を開けると一枚の便箋。そこには言葉はなく色鉛筆で描いたであろう絵があった。大きい女の子と小さな女の子。 もしかして彩海ちゃんが描いたのかな? 「じょうずだね…」 私は涙が止まらなかった…。 お隣さんの引っ越しから1年後。 私は結婚のために引っ越しする事になった。 もちろん彩海ちゃんからの手紙もいっしょだ。 それから仕事で落ち込んだ時…旦那とケンカした時…彩海ちゃんからの手紙に励まされる事をその頃の私は知らなかった…。
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