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第10話『聞こえたよ! おねーちゃんの声!』
ましろが人々の前から消えて、五年の月日が経った。
横倉村は相変わらず何も変わらない日常を過ごしている。
無論、あれから都会へ行ってしまった人もいるし、逆に新しく生まれた子供たちだっている。
世間では様々な事件や事故が起こり、目まぐるしい変化も起こっているらしいが、この村では特に関係のない事であった。
これから外の世界はどんどん変わっていくのだろう。
しかし、それでも彼らには彼らの日々があるのだ。
「おとーさん! はやくはやくー」
「はーい! 今行きますよー」
「もう! はやくしないと夜になっちゃうよ!?」
家の外から中に居る父に元気よく声を掛ける少女に、周りの大人たちはおかしそうに笑う。
「ワハハ。雪子ちゃんは元気だなぁ」
「まったくだ。誰に似たんだか」
「こうも元気だと、その内山に一人で行っちまいそうで怖ぇなぁ」
「ユキちゃんは、おねーちゃんに似てるってお父さんもお母さんも言ってたよ!」
野中雪子はそう無邪気に大人たちへ言い放ち、その言葉に思わず誰もが黙り込んでしまう。
そんな大人たちの様子に雪子は首を傾げながら、唯一動きを止めず、自身の頭を撫でながら微笑んだ隣家の婆さんに視線を向けた。
「そうですねぇ。雪子さんはましろさんにそっくりですねぇ」
「そう? そうなんだ!」
「えぇ、とっても」
「そうだなぁ。確かに。言われてみりゃー。ましろちゃんにそっくりだ」
「野中さんは二人とも落ち着いているのに、どうしてこうもやんちゃな子ばかりなのか。子供とは分からんものだなぁ」
「ねぇねぇ。おねーちゃんのお話教えて!」
「あぁ、良いぞ。ましろちゃんに関しては俺が村で一番詳しいからな」
「アホ言ってんじゃないよ。あの子の事に関しちゃご両親が一番だろうさ」
「大岡さん!」
「あぁ、雪子。元気かい?」
「うん! 大岡さんもお元気ですか?」
「あぁ。元気さ。後百年は生きられるね」
道の向こうからゆっくりと近づいてきた大岡に抱き着いた雪子は、嬉しそうに話をする。
大岡もまた、雪子と楽し気に会話をしながら、ゆっくりと誠たちが出てくるのを待つのだった。
そして、それからやや時間が経って、準備が終わったのか大荷物を持った誠が裕子と共に家から出てくる。
そのまま荷物を車に乗せ、そろそろ行きましょうかと声を掛けた。
その言葉を合図に集まっていた者たちもそれぞれの家に向かい、車で現地へ向かうのだった。
横倉村より車を走らせて、十五分ほど。
小高い丘の上に、見渡す様な大きな広場があり、そこに大勢の人間が集まっていた。
それぞれが思い思いの場所に座り、話をしたり、子供同士で遊んでいるのを見ている様な人たちもいる。
そう。これはピクニックだ。
随分と参加人数は多いが、僅かな時間だけだったが、確かに横倉村の住人であった少女が、やりたいと言っていたピクニックだ。
最初は野中夫婦だけで行おうとしていたピクニックだったが、その話を聞いた高倉家や大岡が参加し、やがて噂は広まり横倉村の住人殆どが参加する様になったイベントである。
今居ないのは、ちょうど本部から連絡が入ったという事で駐在所に残っている中村くらいのものだ。
「わぁー! みんな居る! ねぇ、ユキちゃんも遊びたいな」
「えぇ。行ってらっしゃい」
「うん! 行ってきまーす!」
雪子は母である裕子の言葉に頷き、子供たちが集まっている場所に駆けていった。
そして何やら話をした後、駆けっこの様な遊びを始める。
しかし走り続けたせいで、疲れてしまったのか。すぐに誠と裕子の所へ戻ってきて、裕子に勢いよく抱き着いた。
「おかーさーん! おなか減ったー!」
「あらあら。じゃあ少し早いけど、お昼にしましょうか」
「うん!」
お昼と聞いて裕子から飛び降りた雪子は、そのまま誠の手伝いをしながらお弁当を広げてゆく。
食事が始まる気配を感じたのか、散らばっていた他の家族たちも集まりはじめ、ある程度近い場所でお弁当を広げ始めた。
三年前より始まったピクニックだが、昨年よりお昼は立食形式となり、それぞれの家族が用意したお弁当を皿を持って取りに行く方式となったのだ。
ある程度おかずの話し合いは行われている為、偏りはない。
「野中さん! 卵焼きを貰うよ」
「はい。どうぞー」
「おかーさん! 私も卵焼きー! いっぱい!」
「はいはい。待ってくださいねー」
雪子の皿に卵焼きを三つほど乗せて、満足げに笑う雪子の頭を撫でた裕子は、何も乗っていない皿を一つ用意してそこにも卵焼きを三つほど乗せておく。
「お。ましろちゃんの分かい? ならこの漬物もあげてくれよ」
「今日の煮物は自信作だよ」
「おにぎりは必要だろう。梅と、おかかと」
「いやいや。子供にはやっぱり肉だよ。からあげ置いておこうね」
多くの人が集まり、ましろの皿に料理を追加してゆく。
その光景を子供たちは不思議に思いながらも、この行動が大事な事なのだとよく理解していた。
だから何も口を挟む事なく、その光景を見守っていた。
しかし、どうやら今年からはまた違う流れが始まりそうであった。
「裕子さん」
「はい。なんでしょうか。美月ちゃん」
「あのね。ましろちゃんはお花も好きだったから。お花も一緒に置いていい?」
「ありがとう。ましろちゃんもきっと喜びますよ」
「うん!」
美月は皿の近くに花を置きながら、目を閉じてましろとの日々を思い返していた。
しかし、五年という月日が経ってもなお、美月にとっては辛い事なのだろう。
美月は辛そうに胸を押さえた後、ポロポロと涙を流し、ましろの名を呟くのだった。
そんな美月を見て、大人は何も言う事が出来なかった。
聞こえが良い言葉を並べる事は出来る。しかしそれではましろが消えた事を悲しむ少女の心に届く事は無いだろう。
そう大人たちは理解していた。
だが、静かに涙を流す美月の背中を強く叩き、声をかける少年が現れた。
「美月!」
「健太くん」
「ましろはいっつも笑ってる奴だった。転んだ時も、川に落ちた時も、いつも笑ってる奴だった。なんでか分かるか?」
「……なんで?」
「強い奴だったからだ。アイツが泣けば不安になる奴らが居るって分かってたからだ。だからアイツは泣かなかった。辛くても、悲しくても、痛くても、泣かなかったんだ」
「……うん」
「お前が悲しめば、ましろもきっと悲しい。お前が泣けばましろもきっと泣く。だから今だけは、笑え。ましろは笑うのが好きな奴だっただろ?」
「うんっ」
美月は健太の言葉を聞きながらもまだ泣いていた。
しかし、それでも笑おうとして、涙を流しながら笑う。
そんな美月を見ながら釣られたのか健太も涙を流していた。だが、それでも笑顔を作っていた。
ましろは笑うのが好きだったからと。
「美月ちゃん。健太くん。ましろちゃんの為に、ありがとうございます。きっとましろちゃんも喜んでますよ」
「「うんっ」」
泣きすぎてボロボロではあったが、それでも二人は裕子に笑顔を見せながら少し離れた場所に移動する。
そして、そんな二人に続く様に、ましろと一緒に遊んでいた者たちが順々に様々な物をましろの場所に置いてゆくのだった。
木の実やら、綺麗な石やら、四つ葉のクローバーなど。
ちょうどピクニックで見つけた物を次々と置いていった。
涙を浮かべている者も居たり、笑顔の者も居たり、それは様々だ。
しかし、その想いは皆同じであっただろうと思う。
やがて、皆がましろへのプレゼントを置き終わってから雪子がみんなの前に飛び出して大きな声を上げた。
「ユキちゃん。ずっと考えてたの。ご飯の時も、お風呂の時も、おやすみの時も」
「おねーちゃんのこと、ずっと考えてた」
「ユキちゃんね。むかしの事はよく覚えてないけど、おねーちゃんの声をきいた事があるんだ」
「おねーちゃん、みんなが幸せになりますように。って言ってた!」
それは誰が漏らした声だっただろうか。
雪子の声に「あぁ」という昔を懐かしむような声が響く。
しかしまだ終わりではない。雪子の言葉はまだ続くのだ。
「だからね。ユキちゃんも、おねーちゃんがしあわせになりますように! ってお願いしようと思うんだ!」
雪子の言葉に、誰もが肌身離さず持っていたましろの羽に触れた。
そして彼女との日々を思い返しながら、彼女がいつも願っていた事を、願う。
『私はみんなを幸せにしたい!』
彼女はいつも誰かの幸せを願っていた。
だから彼女の願いが、叶う様に。
誰かの幸せを願う彼女の優しさが、今苦しみを抱えている人の所へ届く様に。
そう、皆が願った。
瞬間、皆が持っていた白い羽が白銀に輝き、それが集まって一つの願いになる。
そして、皆が願った様に、何処か遠くへ。
ましろの助けを求めている人の所へと飛んでゆくのだった。
天使であるましろが持つ、願いの力が、確かな奇跡をその力に宿して、飛んで行く。
何処かの誰かを助けるために。
「わ。びっくりしたー」
「え、えぇ。本当に」
「でも、聞こえたよ! おねーちゃんの声!」
「そうですね」
そんな会話に周りにいた人々も同じ感想を抱いたのか、穏やかな笑顔を浮かべて二人を見つめる。
やがて、興奮も落ち着いてきたのか雪子は裕子のすぐ傍に座ると、いつものおねだりをするのだった。
「おかーさん! おねーちゃんのお話聞かせて」
「はい。いいですよ。あれはある秋の事でした……」
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