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第3話 全国ツアーの打ち上げ
――北海道・札幌。
全国ツアーを終えた神楽坂咲夜とマネージャーの吉田紳司は、2人きりの打ち上げをすることにした。
本来ならライブに協力してくれたバックバンドやスタッフと一緒に食事をするべきなのだろうが、咲夜は「ライブが終わったら話したいことがある」と、吉田を飲み屋に連れてきたのだ。
「吉田、飲めよ」
「いいえ、このあと咲夜を車でお送りするので」
「代行運転でも使えばいいだろ」
――もしかしたら、これが一緒に飲める最後なのかもしれないんだから。
そんな言葉を酒と一緒に呑み込んだ。
咲夜に勧められるまま、仕方無しといった感じで吉田も飲み始める。
「今日の咲夜は少し様子がいつもと違いましたね。君はライブで緊張するようなたちではないのに」
吉田は不思議そうな顔をしながら、グラスの中のカクテルを見つめる。
「もしや、話したいこととはそのことですか?」
「いや、まあ、関係あると言えばあるけど……」
たしかに、ライブ前に過呼吸気味になったのは、吉田が原因である。
ただ、それ自体が咲夜の話したいことかと言うと、違う気がする。
「なにかあったのですか? 心配です。私に協力できることがあれば、相談してください」
――瞬間、吉田の発言で、咲夜の頭に血がのぼった。
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「え?」
「俺はっ、お前がいなくなるって聞いたから……!」
すでに酔いが回っている咲夜は、舌足らずに喋っていた。
吉田は彼の様子で、あの話をどこかで聞かれていたのだと悟る。
「お前もっ、お前も父ちゃんみたいにいなくなるのかっ!」
「ひとまず落ち着いてください、咲夜。まずは酔いを覚ましてからお話しましょう」
吉田に渡された水を、咲夜は受け取って飲む。
冷たい水は、喉越しがよく気持ちいい。
水の味などろくにわからない咲夜は、それが北海道の水だから美味しいのかなどは、よくわからなかった。
「君は、私が事務所を辞めると聞いたのですね?」
吉田の問いかけに、コクリとうなずく。
吉田は「ライブが終わったら、こうして君に話すつもりでした」と、居住まいを正した。
「実は、事務所を辞めるのは、きちんとした理由があるのです」
彼は、自らの事情について説明を始めた。
〈続く〉
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