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──薄墨が濁り渦を巻く空の下。『蘇りの石』、という話を先達から聞いた俺は鬱蒼とした森の中を歩いていた。風に嬲られ草木がざわめく音を鼓膜に留めながら、ひたすら、ひたすらにその石を探し求めていた。
薄暗いそこに肉の質感を帯びた生命の気配はない。湿った時間が堆積して、止まっている。それは手足で掻き分ければ四肢にまとわりつきそうなほどに重い。形があるのならば澱んだ水の形状を成していただろう。
聞いた話を要約すると『石に願えば壊れたものや縁をひとつだけ蘇らせることが出来る』とのこと。初めに聞いた時には眉唾ものの物語だと思った俺だが、その石に憑かれたようにまくし立てる先達の声音が徐々に粘性のある熱を帯びていくのを感じ、背筋に冷たいものが這い上がる心地を憶えたのは記憶に新しい。
『俺は見つけられなかったからお前は必ず叶えろよ』
『必ずだ、必ず』
『そうすれば俺の願いは叶ったも同然だ』
『絶対に見つけろ』
『絶対に』
見開かれた眼は見たこともない、触れ得もしない石の姿を明確に思い浮かべているかのように狂的な喜色を孕み、紅潮した頬は生に彩りを添えるよりもその嬉しさが如何に異質かを描き出している。荒げもしない割に大きな声は掠れ、口は端の皮膚が裂けてうすく血が滲んでいた。本当に『憑かれている』と形容するに相応しい様相を呈していた。
そのような様子の先達を前にして俺に拒否権があるはずもない。恐怖に引きつり喘ぐ喉をさすりながら、俺は短く返事をした。
「──分かった。見つからなくても怒るなよ」
そうして話は、語り始めの頃へと至る。
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