白い森の中で

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薄暗い森の中を方向もなにも分からず滅茶苦茶に駆け抜けた。帰るべき場所も分からぬまま、『帰りたい』『帰りたい』『帰りたい』と。ひたすらにそれだけを願って走り続けた。走り続けたその先に帰るべき場所が、出迎えてくれるひとびとが居てくれると信じて走り続けた。眼からあふれる涙も拭わずに走り続けた。 だがしかし、そんな闇雲さが救いとなるはずもなく。 俺は一向に変わらぬ景色と続く混乱に疲弊し、やがて辿り着いた水辺に足を止めて座り込んだ。 「──……なんなんだよ、クソ……!!」 混乱を収めるために小さな悪態を吐いても風とせせらぎの音にかき消される。それがもどかしく、近場にあった石を握り締めると振りかぶって水面に投げつけようとした。 そのとき。 煌、と。 「──……っ!」 その石が燐光を放っていることに気付き、俺は眼を大きく見開く。理性でなく直感が『これが蘇りの石だ』と自分自身の本能に告げていた。ようやっと見つけたその石は他のそれらよりも一回り小さく表面は滑らかで、なにより、どことなく有機質な肌に仄白さを帯びていた。──有った、あった。本当にあった。嘘を吐かれたわけではなかったことに心から安堵する。 さて、この石に何を願えばいいのか。 自分の記憶がほとんど無いことに気付き、自分自身の名前すらも思い出せない今、心の内に希望は無いに等しい。なんなら話を聞かせてくれた先達のところへ届けたいとすら思ったが、帰るべき場所も分からない。 俺は自分を省みる──おおかた以前から人と接する時に希薄な感情ばかり向けていたのだろう。今の自分の感情の揺れ動きから想像するに容易い。今のいままで他者への心配に思い至らなかったのが何よりの真実だ。……理由はどうあれ、こんなにもあっさりと自分の記憶が漂白されてしまうとは思わなかった。 奥歯をぎりりと噛み締める。 なにひとつ思い出せないことは怖いが、それ以上に、誰かに情を傾けてこなかった事実を心から恥じた。 やり直せるのなら、もういちど人との縁を結びたい。 人を心から大切にしたい。 俺は願った。強く強く、願った。 『俺と関わったひとびととの縁を、もう一度』 『今度は間違えないと誓います』 轟、と。 ──佇む水辺に、熱風が渦巻いた。 頬を炙る熱と共に意識が白んでいく。
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