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『──』
『──』
──暗い、くらい。視界は黒く、昏い。
常闇にも思える孤独のなか、声が聞こえる。その声は泣いているようでもあり、潜められた沈鬱なものでもあり。俺は声の主を確かめようとゆっくりと目を開けた。薄らぼやけた視界に女性と歳若い少女の影が滲む。蛍光灯と思しき明かりが眩しい。俺が目を覚ましたことに気づいた少女は、俺に向かって声を掛けてきた。
「兄ちゃん!分かる!?私だよ、私!」
「……!!ちょっと行ってくるから、お兄ちゃんを見てて!」
その声に気付いた女性は誰かを呼びに俺の傍から駆け出していった。まばたきを二度、三度。滲んだ影が顔貌を成し、俺に向かって声を掛けた少女が自分の妹であり、駆け出していった背が母であることが解る。
そこでようやく、気付いた。
──『あの願いが叶った』んだ。
帰ってくることが出来た。やっと、やっと。
帰るべき場所に。
大切な人々の元に。
「兄ちゃん、理由も分からず三日も眠りっぱなしだったんだよ……!心配したんだからね!?」
妹は涙を含んだ声で告げてから俺の胸倉を掴む。三日間も意識の無かった人間に無体を働くなと言いかけたものの、心底安心したのか服を握るその手が震えていることが分かって口を開くのをやめた。代わりに背中を叩くと小さな嗚咽が聞こえる。
随分と心配を掛けてしまったようだ。
元気になったら母孝行と、妹孝行をしなければ。
口元にかすかに笑みを携えて枕元の写真を見ると、そこにはよく見知った顔が写っていた。
俺は妹に聞こえぬように小さく呟く。
「──『蘇り』は『黄泉がえり』でもある。
そして『甦り』でもある。
あんたの願いは叶えることが出来たよ。
不器用だったあんたの分も俺が二人を大事にするから安心して見てて──……、
……──父さん」
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