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自宅で段ボールを取り出し、書籍などを詰めていると、壁から白く太い腕がでてきた。
死神時代に担当した松田久美のオヤジだ。ああ、分かった。
「あんただろ。パチンコ屋の前で騒動を起こしたの」
「そうです。岡本雄太が店から出てきて娘を見つけたので。あの場で、また金をせびりだしたら許せない」
オヤジの目つきは真剣だった。
「そこにいた人の財布を、アイツのポケットに入れました。そして、『泥棒だー』って大声で叫んで。ようやっと警察が来てくれた」
霊であるオヤジは今まで直接、娘を守れなかった憤りがあったのだろう。鼻息あらく事の顛末を語る。
「やれやれ。仕方ないな」
「久美が心配でなかなか決心が出来ませんでしたが、これで次の場所へ越せます。いい人に出会えて良かった……。カンバラさん、本当にありがとうございました」
オヤジは上空を指し、深く頭を下げた。
そして、オレが別れの言葉を言うまえに姿を消していた。
段ボールを抱えて、引越しのトラックに向かおうとする。外廊下に出ると、自室に戻ろうとしていた松田久美と顔があう。目鼻立ちがオヤジ似だと思い、オレの口角がわずかに上がる。
松田久美は部屋の扉をしめる前、躊躇しながらも声をかけてきた。
「カンバラさん、引っ越されるんですか」
「……そう。無事に仕事が終わったから」
「お世話になりました。新しい土地でのお仕事も上手くいくといいですね」
何を言っているんだ。オレが世話をしていたことを、あんたは気づいたわけでもないだろうに。なんで笑顔で話しかけられるんだ。いや、陰で助けられていた、と分かったのか? はっきりとはしないけれども。
人間の女の勘って恐ろしいものがある。
オレは、彼女が部屋の扉を閉めた後、外廊下の先にある道路をみつめる。アスファルトが陽光を照りかえし、ひどく眩しい。この道も地続きで次のターゲットの家に繋がっているのだろう。今度はそいつの運命を調整しなければ。
オレの仕事は、ターゲットには伝わらないが。地味な裏方だが。
──まあ、そいつの助けになるんだから悪くはない仕事だ。
そう、思えた。
〈 了 〉
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